■編集元:中国英雄板より「【天才策士】金糸雀(キムシジャン)について語れ」
1 名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/11/28(火) 13:52:49 ID:vF0ftWSi0
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篭城がたによる水攻め作戦を囮を用いた戦術でなんなく乗り切ってしまった
桜田門外の戦いでの采配ぶりは、キムシジャンの真骨頂だといえる。
宋代初期遼東(当時は遼の支配下)の人。婁然(ろうぜん)の次女。母は高麗人で、それが婁然に離縁されて以降そちらの姓を名乗る。
成人して後は曹狄密(そうてきみつ)に仕えた。婁然の七人の娘はそれぞれ常人離れした才を持っていたが、彼女は特に音曲の才に優れており
その胡弓の魔性の音色は、一軍を壊滅させ、堅牢な城壁を崩したほどという逸話もある。また策略家としての才も群を抜いており
神の如き深謀から、卑劣な詭計まで使いこなした。しかし、自らの才に溺れる所があったらしくしばしば詰めの甘さを露呈し
大失態を演じることもこともあったという。
婁然の七人の娘は長じて後、主君を違え相争うことになるのだが、その威名ははるか倭国まで轟き
講談や民謡など様々な形で語り伝えられた。それらを大成したものが明代に編まれた『婁然銘伝(ろうぜんめいでん)』である。
それなんて民明書房?
禿藁wwwwwwwwww
道教系の宗教結社「水銀党」を率いて乱を起こした
婁然の長女、水銀燈について詳しい人はいますか?
明代の白話小説。現存する唯一の版本は羅貫中著とされているが、文体などから複数の女性が編んだものという説も唱え
られている。道士・婁然が山中の石柩に封じ込められていた六人の妖女を解き放った事でと彼女と交わって七人の娘を授か
りその娘達が等が成長して後、仕える主を違えてそれぞれが誕生時より身に付けていた宝玉を巡って荒唐無稽な戦いを繰り
広げる様を描く。
婁然の七人の娘は実在が確認されているが、文献史料に於いてはそれぞれ特異な才を持ち主を違えたことなど簡単
な事跡が宋・遼の野史や書簡などに散見されるのみである。しかし彼女達の活躍ぶりは民謡・民話・講談・演劇など
に脚色されて伝わっており、南宋期の演劇の題目の中に『銀公主』『真紅賦』などが見える。また元代に初めてこれ
らの伝承をまとめた『婁家烈女伝』が刊行される。しかしこれは荒唐無稽かつご都合主義な描写が多く、時代考証に
も誤りが多く、各説話の整合性も拙く、知識人や士大夫が読むに耐えうる代物ではなかった。
これより後、明代に荒唐無稽描写を残しつつ、説話の取捨を行い史書等も参考にして編纂し直されたものが『婁然
銘伝』である。初めのうちはやはり小説は下賎の読むものとされ、もっぱら市井の間で講談師によって読み継がれて
いたが弘治年間に主客の高官である麻生(ませい)がこれを高く評価する発言をした事から、士太夫や知識人階級の間
でも爆発的人気を博した。当時の士太夫の日記の中にも七人の中で誰が理想の女かについて問答となった記述も見ら
れ、また彼女達を題材にした詞や絵画も多く作られたという。最盛期にはかの四大奇書を凌ぐほどの人気を得、「昔
は良家の子弟必読の書といえば『論語』や『孟子』であったが、いまやそれは『婁然銘伝』に取って代わられた」と
いわれるほどであったが、清代に入ると儒教的価値観からかけ離れたその内容から焚書とされ、その二次創作物を含
めて『婁然銘伝』は徹底的に消し去られ、またこれに関する演劇の上演も一切禁止、以後婁然の七人の娘に関する創
作も禁止されるに至り、その存在は人々の記憶から忘れ去られていった。
こうして中国大陸から姿を消した『婁然銘伝』であるが、明末に日本に渡来した版本がかろうじて残っており、
江戸期は国産の読本が隆盛するまで一部の知識人により細々と読み継がれていたようである。あの曲亭馬琴も、
『水滸伝』とならんでその作風に少なからず影響を受けたと自著に記している。尚判本は長らく行方不明で『婁
然銘伝』に関しては辛うじて当時の文書記録等にその存在、大まかな内容や人気の程が伺えるのみの幻の書とな
っていたが戦後になってから山陰の旧家の土蔵から見つかった大量の古書の中に『婁家烈女伝』と『婁然銘伝』
が含まれており俄かに日中両国の研究者の間で注目の的となっている。また近年一世を風靡している某漫画との
関連性は定かではない。
出典(民明書房刊『中国 闇に葬られた奇書・怪著』)
これ、普通の漢籍解題事典に混じってても気付かないかも……。
同感。文章力に真実味がありすぎる。
薔薇水晶(ばらしい) 生没年不明
宋代初期遼東(当時は遼の支配下)の人。一説では導士・婁然の弟子である袁儒(えんじゅ)の娘といわれている。夫は皇族の外戚である俺。
当時は珍しい恋愛結婚で夫婦仲はとてもよかったと言われる。父以外に表情を崩すところを普段見せない薔薇水晶も夫といるときは
笑顔を絶やさなかった。
冷静沈着な性格で父と敵対していた婁然の六人の娘を次々と扇動し、内輪揉めを起こさせ、それは次第に過激化し戦争となった。
薔薇水晶はその乱に自ら加わり、圧倒的戦闘力で翠星石、金糸雀を打ち破り、それぞれの精鋭部隊である翠夢軍(すいどりーむぐん)、
費弛華党(ぴちかーとう)を手中に収めることに成功した。
その後、水銀党率いる婁然の五女・真紅と天下分け目の最終決戦を行う。父も見守る中大激戦の末破り、名実共に天下を統一する。
しかし、真紅の軍勢も旗下に置いたため、多くの敵軍を吸収したことにより内部崩壊が起こり反乱となる。父に軍団を解散するよう促されるが
父の勝利の証を一秒でも長く留めたい一心でそれを拒否したため、反乱に巻き込まれ父共々殺された。
CJ!!!!
ワロタwwwwww
俺たちで作るか婁然銘伝
確か一番の勢力が翠星軍だっけ?やはり魅力のある人だったのかな?
石姉妹ね
石翠星もいいけどやっぱ俺は『小木蘭』の異名を取った石蒼星の方がいいな
かの魯迅も『婁然銘伝』が散逸してしまったことを嘆いてたよな
あと五十年くらい遅く生まれてたら拝めてたかもしれなかったのに
費弛華党(ぴちかーとう)
七番目の娘はその名が「薔薇水」とされる資料と「雪華綺」とされる資料が存在し
しばしば論争の元となっている。
最近では「薔薇水」の方は後世に創作されたのではないかとの説が有力視されているが、
「石姉妹のように双子だった」「同一人物が二つの名を使い分けた」「影武者が入れ替わった」
など様々な珍説異説が唱えられ今だ完全に決着を見てはいない。
俺の持ってる百三十回本では「雪華綺」が出てるぞ。
婁然銘伝は当時の記述から複数の版本(確認されているのが60回本、80回本、100回本、130回本、150回本)が
存在したらしいが現存するのは130回本(後半欠損)のみ。60回本はほかの版のダイジェストだと思われていたが
最近の研究による成立時期は130回本より少し後、もしくはほぼ同時期、しかも内容も130回本のそれとは
大きく違っていたらしく、また80回本も60回本の内容に準じているらしい
どうやらそちらには「雪華綺」では無く「薔薇水」が登場していた模様
詳細が気になるが、新たな版本の発見か今後の研究結果を待つしかないのかな?
謎といえば実在した婁然の末娘を雪華綺とする資料の方がより信憑性があるものが多いにもかかわらず
婁然日記や散逸文書の断片、士大夫の日記や詩文などを見るに
婁然銘伝130回本成立以前の演劇や創作物にはその名を薔薇水としていたという痕跡の方が多いということだな
変り種として婁家烈女伝には両方が登場しているね、設定破綻してるけど
・銀公主(ぎんこうしゅ)
・金糸雀(きむしじゃん)
・石翠星(せきすいせい)
・石蒼星(せきそうせい)
・真紅姫(しんこうき)
・雛苺娘(すうばいじょう)
・薔薇水(しょうびすい)、雪華綺(せつかき)
130回本では婁然の長女として妖女との生まれた銀公主であるが、明末清初の知識人呉偉業の残した文書によると銀公主は下女との間に生まれた女だったのである。
当初は自分の出自に劣等感を持ち、宝玉すら持っていなかったが、父を慕う姿に心打たれた妖女の助力で婁然の他の娘と同等の待遇と、宝玉までが与えられたのである。その経緯で仲のよかった真紅姫との関係が著しく悪化したという。
これが呉偉業の文書の要約であるが、一体何時から銀公主にこのような設定が付け加えられたのかは全く分からない。ただ、60回および80回本の設定と共通するところが見られることしか分かっていない。
『婁然銘伝』研究からはまだまだ目を離せそうにない
確かに真紅姫は「姫然」とした人柄であるとは、婁然ファンは知って居るだろうが、
余りにも他の書に残された真紅姫の人柄とは、かなり違ったもので、「改悪」とさえ言われている。
寧ろ、近年の学者の中では「実は作者が違うじゃないか」とか、
「銀公主に惚れた余りに、真紅姫を悪者にしてまで持ち上げたかった誰かが書いた」とか言う意見が出ている。
その話に関しては、金糸雀は名前しか登場していない。
銀公主ファンには人気は高いのだろうが、やはり真紅姫を貶めた内容…と言う声も多い。
金糸雀が元祖の卵焼きを広めた人物って言うのは、確か回想録みたいなのに記載されていた筈だと思う。
曹狄密に仕え始めた頃の話で、自分の下に仕える金糸雀を甚く気に入った曹狄密が、彼女の纏う黄色い衣に擬えて作ったものらしい。
味付けは金糸雀の好みで、当時は珍重されていた筈の砂糖が、惜しげも無く、ふんだんに使われていたようだ。
一口食べただけで金糸雀は大変気に入ったらしく、戦に赴く際にも、曹狄密の与えた食糧の中には、必ずその元祖・卵焼きがあったようだ。
実在は野史、書簡、碑文なんかで確認されてるけど
いわゆる正史に登場せず民間伝承や小説で有名になった人物
しかも研究が活発になったのが近年に入ってからだしねぇ…
>原版と違うのはなぜだろうか
原版というのが「銘伝」を指しているなら、その認識が間違っています。
「銘伝」は明初に特定の個人もしくは団体が、史実に沿って「七」姉妹関連の
各種説話の取捨選択を行い、整合性を与えたものです。
これに対し、演劇は「銘伝」に先行する「八」姉妹の講談・口伝・民間伝承
から発展したものであり、両者に直接的な繋がりはありません。
科挙に落ちたことになっているのは六十回と八十回本なんだっけ?
なにげに科挙制度を批判してたりするのも、この作品が評価される理由なのかな
よくもまあ、こんなもん書けたと感心するよ。
作者はきっと、四書五経から処世術ばっかり学ぶ連中に嫌気がさしてたんだろうな。魯迅が見たらどんな感想が残されたか興味あるよ。
130回本では遊牧民やイスラム教徒、さらには日本の服飾にまで手を伸ばして、服飾の新しい境地を切り開こうとして異端視されたんだっけ?
胡服を参考にするなどけしからん、ていう理由で。真紅姫は大いに喜んだみたいだが。
科挙どころか、形式化した儒教そのものに対して深い問いを発するちょっとない名著だと思うぞ。
今から20数年前にもテロ朝でその犬を模した探偵のアニメが放送されてたね。
小学生の頃毎週観てたよ。
明譚帝・勲君だな。
時の皇帝でありながら身分を隠し密偵として活躍する話
暴れん坊将軍や遠山の金さんはこれをもとにしたらしい
やっぱ雛苺娘の伝記って少ないのかな?
外典の一期邪夢素派下血異(いちごじゃむすぱげっちい)の呪術で有名だな
「魚暗魔上亜!伽覇!卦経!苦封!禍破!!」
出典どのあたりだっけ?
気になって夜も眠れません(>_<)
婁然銘伝とは前後するが晩唐期に実在した玉兎道人という怪人物がモデルらしい
解決しました!やっぱ婁然は「覇琉妃」よりおもしろいね。
翠星村だな。昔は石翠村の表記が多かったが。
翠夢侯廟の方には行った事があるので、次はこの村にある庭師廟にも行きたいものだ。
清の弾圧以来その言い伝えはひた隠しにされていたみたいだし
翠夢侯廟も文化大革命辺りまでは、媽姐廟と言うことになってたらしいね
像の両の瞳の色が違うところから研究者が発見して話題になったけど
その時は、石翠星どころか婁然七娘の事を知っていたのは
村の古老数人のみだったらしいな
ゆかりの地ですらその程度だったんだから、いかに清朝による焚書が激しかったかがわかる
そういえば石姉妹が二人とも祭られてる庭師廟以外に
小木蘭こと石蒼星絡みの史跡は残って無いのかね?
あまり聞かないが
どこだったか石姉妹の主君である結菱葉を祭ってある殿に姉妹も祭ってある。
で、主君の結菱葉だけど、石翠星と真紅姫の連合軍と交戦した記録もあったりで主従関係とは思い難いんだが。
石翠星の軍勢も儒無の領内に駐留したり、第三勢力と独自に戦ってたり同盟してたりで結菱葉の元に居た時期は短いし。
結菱葉も最初の頃は異民族と和平に力を入れていたのに、突如討伐軍を派遣したりと人が変わったかのような政策転換している。
容姿はどの民間伝承でも一致しているが性格描写は所々で様々な解釈がなされているのも無理からぬこと
一説には若き関羽と親交がありやむなく決闘になったときも互角以上に戦ったとされ、
その際彼女が大鋏で岩石をまったぷたつに斬った話があるというが
(そのときに斬った石が元字斬蒼星石といわれ今でも残っている)
関羽のいた時代から生きていたことになるため正直信憑性が疑われる
なるほど…
さすがに三国時代から宋初じゃ無理があるわなw
多民族でしかも女性ばかりの部隊が皇城を守るという話だそうですが
その作品は確か、唐代に則天武后辺りが暗殺を恐れて多民族の少女から選抜した親衛隊を作ったことを基にしていると聞いています。
まあ、実際の活動は皇城を守るというよりは不穏分子の弾圧がメインだと聞いていますが。
他の説話と違い、登場人物設定は殆ど相違が見られないようです
一体これはどういう事でしょうか?
では舞台は南宋末という事になっていますが
唐代から既に類似の説話が見られるのも気になります
また作中に出てくる「御社仙姑」なる悪神もモデルが実在したのでしょうか?
詳しい方お願いします
>モデルが実在したのでしょうか?
これはモデルとなる人物ではなく
モデルとなる土俗神の類という意味で
それは明代後期の某同人誌のry
石翠星は特に農政に優れた重農主義のテクノクラートだった。
その食感と雲に似たことから雲入(うにゅう)と呼ばれたらしいが
道教に由来する伝説の食い物だな。
皮−餡−果実の三層構造から成っていて、
普遍宇宙論的な相同性においては陰−存在−陽を表すらしい。
文学内には現在絶えてしまったまた教義書の類が存在しない
拳法武術の描写があるのでそちら方面の研究出版にも
民明書房が力を入れているのは常識
, へ、 /ヽ むかし、ヒナが夢を見て雛苺になって
. / _ >r‐r<.,_ ゙、 桜田家で大いに楽しんだところで、夢から覚めたの。
_} _,.斗-ト、_ | そしてこんな風に思ったわ。
\ゝ-イ_r‐イ ̄卞 ー-<_^>
厶ィ/ | l| l l| l | ヽ 、ヽ 『これは ヒナが夢を見て雛苺になったのかしら、
{ミi|_{ | ト!i イlリ | i! ll ミ}lニ}彡) それとも雛苺が夢を見てヒナになっているのかしら』
. {ミi' ノ `ヽ 从 ミ} ニ)彡)
レ'|l● ● ,7 ミ}ノ二)彡) それとも、本当はかばんの中でずーっと一人ぼっちなのかしら……』
{ニ⊃ 、_,、_,⊂⊃jニ} ミ}イア ミ
レ/⌒l,、 __, イレ'テ7彡´ でも ヒナはもう眠るのは怖くないわ。
. /~~/ |l 》《 l|:: :: :: :ヽ ヒナにはね、起こしてくれる人がたくさんいるんだもの。
| l: // ||:: :: :ヽ: 彡,
雛苺娘(すうばいじょう) 生没年不詳
婁然(ろうぜん)の六女。初期は胡鈴怒(こりんぬ)、後に柏葉巴(はくようは)に仕える。
婁然の七人の娘はそれぞれ常人離れした才を持っていたが、彼女は特に画才に長けていた。
彼女の発明した仙丹・雲入(うにゅう)、画材・紅麗如夢(くれよん)が
それぞれ後世の苺大福、クレヨンの原型になったという説はあまりにも有名。
雛苺娘は姉・真紅姫に敗れた後は、
真紅姫とその主君、櫻恤無(おうじゃむ)に仕えた。
水滸伝=侠、
紅楼夢=情
婁然銘伝は何だろうな
絆…ではないでしょうか
/ \
/ ヾ´ ̄ ̄ ̄`ヽ
/ _,, --─-、|i、,,_ \
.! ./ ,. ' |ヽ\\ l
| / / / 、 |. | l |r==-、 お茶の葉はとても繊細なものよ
{,| /// / / /l i. | l、 |,、|_ lヾi_ // 莉夷芙(りいふ。※茶葉のことか?)の種類だけ
/>、i l l |,,/,/l | | _l,,,,l|_ヽ、{fjゞ,), /:|\V/ それに適した数値と作法があるの
ヾニ||! | | |/l/lソ | l /|/ |j | iヾソイ7 /i:|、ヽ|´ 誤った数値では 時に違う答えを引き出してしまう
/:/l | | |伐ゞ l、!//ィ升'芍l |`l´ /=|::| ヽ\
/:/i |:|川 込ソ 辻少| | |/ /:/ l\:ヽ (中略)
<;イ |:| .||、''''' ____ '''' | |/ ./:/ / }::|
/| | (|!ニ、l´ 〉_/| |゙ヽ /:/| l ヾ' ほんの少しの違いだわ
//| |,ノ {(| /、-‐| | / ` | | 茶杯(カップ)を温めるのは相手を思いやっての事
// l |{|゙ゝ、7ヽ,,__,,/ヽ、__| | / | | でもそれで正しい時も正しくない事もあるのね
_l/_/ r''〉'、_!ノ´, , 、 i /彡''゙´、\ rニ|l |ヽ わかってみればきっと ほんの少しの事だわ
}_ ゙̄〈 〉/、j |_〉 |{∠ニシ/{ヽ-゙{ニ二ニ/
_/ニ,-ゝ、_〉l 、~__´/ (´/ノ`ヽ,,_ _//
)_`f´/ _ \_ / _,, -ニ、` |l l゙ニ三二> 真紅姫著『堀江・口語訳』(民明書房刊)より抜粋
<{/ l  ̄  ̄`ヽヽ`ヽ j ( r <
{ ヽ ` _,, }ヽ`ヽ\
ヽ、  ̄ ─ _ -‐''´ ノ  ̄ ソ
`''ー'''- 、,,__ _,, -‐''´
`''ー‐''´
真紅姫(しんこうき) 生没年不詳
北宋時代の武将。婁然(ろうぜん)の五女。
王傳惇(おうでんじゅん)に仕え(資料によっては王傳惇を臣下としたとも記述されている)た。
明代の白話小説『婁然銘伝』は、基本的に彼女と王傳惇の視点から描かれている。
才智と武勇を兼ね備えた女丈夫として知られる。銘伝における必殺技は中国拳法・絆発勁。
婁然の長女である姉・銀公主(ぎんこうしゅ)は「両雄並び立たず」を地で行く最大のライバル。
婁然の六女である妹・雛苺姫(すうばいき)を破ったが、命までは奪わず、臣下として従えた。
真紅姫が修めたという武術『絆発勁』についての資料は存在しないのか。
民明書房は早急に探索調査の後、研究翻訳すべし。
ひょっとして現代にも遣い手が……!?
真紅姫はまた茶人としても高名であり、茶聖と称された。
彼女は従来の茶芸に西洋の茶器や菓子、また上流趣味を取り入れ、
特に「最も美味しく茶を淹れる方法」「優雅な所作」を発展させたという。
真紅姫独自の製法・作法による茶芸は真紅姫の名にちなんで「紅茶」と呼ばれ大いに流行したが、
製法・作法に関する資料が少なく、現在それらを知ることはできない。
なお、現代の紅茶の名称は水色(紅←琥珀色)を由来としており(ちなみに紅茶を英語ではblack teaという。こちらは茶葉の色が名の由来である)、
「真紅姫が好んだ茶」「真紅姫のように優雅な茶」という意味ではない。
また製法は茶葉を乾燥させ、もみ込んで完全発酵させるという製法をとっているが、
これは19世紀中頃、イギリスが中国紅茶の製法を参考に、インドアッサム種を用いて製造した方法が改良されたものであり、
北宋時代の真紅姫の「紅茶」の製法とは全然これっぽっちも関係ない。
また、現在の安徽省祁門県でつくられる紅茶を祁門(キーマン)という。
インドのダージリン、スリランカのウバと並ぶ世界三大銘茶の一。
揉捻(もみ)の強い茶葉、蘭や『薔薇』と称される強い香りが特徴。
発祥は19世紀後半に安徽省出身の余干臣が福建省の「武夷茶」を真似てつくられたものとされているが、
実際は「祁門工夫」「工夫紅茶」と称されるほど手のこんだ製造法によっており、
余干臣は北宋時代・真紅姫の遺した茶の製法をひそかに復活させたというわけでもあるかもしれないわけがなくもないかもわかんね。
が、真党紅員としては些か解せん部分もあるな
民明書房板じゃん
殆ど死んでますね?
かしらかわいいよかしら
リンね。楽してズルしていただきかしら!
もっとやれ。
笑わせてもらった
真党紅所属の俺が言いたいことはこの一言だけだ
このスレはノリのいい人が多いけど。
誰かこのスレみたいに盛り上げてくれないものだろうか……
とりあえず
カナまじプリティ
バイク板だったらどうしようかと思ったぜ
こういうのだよ管理人!
>桜田門外の戦い
なんか違う気もするが、うめーw
ちょっと「たほいや」も思い出す。
桂一門だったかな。
ちょっと仮面ライダーダルダスレを思いだした
問題はそれを惜しげも無く斜め方向に使いまくってる事なんだが
いや、俺は好きですけどね?こういうの