1 考える名無しさん :2007/03/16(金) 02:47:44
真理とは疑いようのない確信であり真実である
そして人間が死ぬという事は真理である
だから自分が死ぬという事も真理である
人生のゴールは死である
つまり人は死ぬために生きているのである
それが人生の目的であり真理である
人生には目的が必要である
目的のない人生には、不安と絶望しかない
つまり絶対的な不幸が、目的のない人生には用意されている
しかし人は皆死ぬ
つまり人生の目的は「死」でしか「ありえない」のである
死以外の目的で人生を生きるということは
自分を騙しながら、真理を偽りながら生きる
自己欺瞞的な生き方でしかない
例えば人生とは広大な海での水泳である
目的のない人生とはゴールのない水泳である
そして目的のある人生とはゴールのある水泳である
しかし死以外のゴールはこの世には存在しないのである
その海には陸地が存在しないからである
それなのにあたかも陸地が存在するかのように
勝手にゴールを設定してそこまで泳ぐ事を
人生の目的にしたとしても、それは果てしなく無意味である
それは真理ではないからである。嘘偽りの自己欺瞞でしかないのである
だから最期には、ここはゴールではなかったという後悔しか残らないのである
そしてその生き方は真理ではないから、果てしなく虚しいのである
そして人間が死ぬという事は真理である
だから自分が死ぬという事も真理である
人生のゴールは死である
つまり人は死ぬために生きているのである
それが人生の目的であり真理である
人生には目的が必要である
目的のない人生には、不安と絶望しかない
つまり絶対的な不幸が、目的のない人生には用意されている
しかし人は皆死ぬ
つまり人生の目的は「死」でしか「ありえない」のである
死以外の目的で人生を生きるということは
自分を騙しながら、真理を偽りながら生きる
自己欺瞞的な生き方でしかない
例えば人生とは広大な海での水泳である
目的のない人生とはゴールのない水泳である
そして目的のある人生とはゴールのある水泳である
しかし死以外のゴールはこの世には存在しないのである
その海には陸地が存在しないからである
それなのにあたかも陸地が存在するかのように
勝手にゴールを設定してそこまで泳ぐ事を
人生の目的にしたとしても、それは果てしなく無意味である
それは真理ではないからである。嘘偽りの自己欺瞞でしかないのである
だから最期には、ここはゴールではなかったという後悔しか残らないのである
そしてその生き方は真理ではないから、果てしなく虚しいのである
2 考える名無しさん :2007/03/16(金) 02:48:16

人生の目的は死であるという真理を知りながら
死ぬ事ができないのは、その真理に対して確信が持てていないからである
つまり彼らの間ではそれが真理ではないという事である
自分が死んでしまうという事を信じていないという事である
真理を求めない彼らの人生は、目的のない人生である
つまり彼らの人生は愚かな人生である
死こそが真理であるという事は頭では分かっている
だが肉体を傷つければ痛みを感じるように、肉体が死を受け入れてくれない
だから死ぬ事は無理であるという人もいるかもしれない
肉体を傷つけて痛みを感じる
それは肉体=精神=私という人間であるという三位一体の証明である
だが肉体が死ぬ事を拒みその精神をも支配できるのならば
精神が死ぬ事を選び肉体がその死を受け入れる事も可能である
真理を本当に手にすることができれば、肉体の苦痛は一切ないのである
精神は肉体だからである
つまりあなたが死ねないのは、死こそが真理であるという確信を持てないからである
あなたが自分が死ぬという真理を理解していないから死ねないのである
だからあなたが本当の意味で自己欺瞞を捨て真理に生きようとするのならば
目的のある人生を歩もうとするのならば
今すぐ死ぬべきだし、死ねるのだ
そしてそれが真理である故、その死があなたにとって一番安らかな死を与えてくれるのだ
人生の目的は死であるから、あなたは死ぬ事によって人生の目的を達成できるのだ
つまりあなたが死を自己決定することが、あなたの人生の真理なのである
5 考える名無しさん :2007/03/16(金) 03:16:19死ぬ事ができないのは、その真理に対して確信が持てていないからである
つまり彼らの間ではそれが真理ではないという事である
自分が死んでしまうという事を信じていないという事である
真理を求めない彼らの人生は、目的のない人生である
つまり彼らの人生は愚かな人生である
死こそが真理であるという事は頭では分かっている
だが肉体を傷つければ痛みを感じるように、肉体が死を受け入れてくれない
だから死ぬ事は無理であるという人もいるかもしれない
肉体を傷つけて痛みを感じる
それは肉体=精神=私という人間であるという三位一体の証明である
だが肉体が死ぬ事を拒みその精神をも支配できるのならば
精神が死ぬ事を選び肉体がその死を受け入れる事も可能である
真理を本当に手にすることができれば、肉体の苦痛は一切ないのである
精神は肉体だからである
つまりあなたが死ねないのは、死こそが真理であるという確信を持てないからである
あなたが自分が死ぬという真理を理解していないから死ねないのである
だからあなたが本当の意味で自己欺瞞を捨て真理に生きようとするのならば
目的のある人生を歩もうとするのならば
今すぐ死ぬべきだし、死ねるのだ
そしてそれが真理である故、その死があなたにとって一番安らかな死を与えてくれるのだ
人生の目的は死であるから、あなたは死ぬ事によって人生の目的を達成できるのだ
つまりあなたが死を自己決定することが、あなたの人生の真理なのである
反論点
・結果と目的を混同していること
・人生をコースに例えること自体無理があること
・人は死ぬ前に次世代の命を遺せるため、「人が死ぬように、人類は絶滅する」
ということを証明できなければ、一個の人生の最終目的が死とは結論付けられないこと
そして上述の証明は実質的に不可能なこと
・人生には目的などない可能性を無視していること
7 考える名無しさん :2007/03/16(金) 03:34:09・結果と目的を混同していること
・人生をコースに例えること自体無理があること
・人は死ぬ前に次世代の命を遺せるため、「人が死ぬように、人類は絶滅する」
ということを証明できなければ、一個の人生の最終目的が死とは結論付けられないこと
そして上述の証明は実質的に不可能なこと
・人生には目的などない可能性を無視していること
・人生に目的を求めるのは不安と絶望から解放されるためなのに、死が目的ならば
「何ゆえ不安や絶望を人は感じるのか?」という問いが生まれること
・肉体が何故死を嫌悪するようにできているのかの説明がなされていないこと
・安易に肉体と精神を区別し、そこら辺の理屈がてきとうかつ意味不明なこと
・「死が目的ならばなぜ我々は生まれたのか」という問いが新たに生まれること
18 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/16(金) 19:55:35「何ゆえ不安や絶望を人は感じるのか?」という問いが生まれること
・肉体が何故死を嫌悪するようにできているのかの説明がなされていないこと
・安易に肉体と精神を区別し、そこら辺の理屈がてきとうかつ意味不明なこと
・「死が目的ならばなぜ我々は生まれたのか」という問いが新たに生まれること
5
私はこの身体です
私の身体が死ねば私とこの世の全ては死にます
そして私の身体は確実に死にます
あなたは目的のない努力ができるでしょうか
7
そんな事知りません
ただ確実なのは私が死ぬという事実だけです
9 qq :2007/03/16(金) 03:47:29私はこの身体です
私の身体が死ねば私とこの世の全ては死にます
そして私の身体は確実に死にます
あなたは目的のない努力ができるでしょうか
7
そんな事知りません
ただ確実なのは私が死ぬという事実だけです
>>1
最終的に死に至るからと言って、目的が死であることには為らないよね。
例えば…
新聞配達をすれば、必ず疲れるわけだけど、
目的はお金を得ることであって、疲れることじゃないよね。
18 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/16(金) 19:55:35最終的に死に至るからと言って、目的が死であることには為らないよね。
例えば…
新聞配達をすれば、必ず疲れるわけだけど、
目的はお金を得ることであって、疲れることじゃないよね。
9
「新聞配達をする目的」は金を得る事です
「人生の目的」は死でしかありえません
10 考える名無しさん :2007/03/16(金) 04:47:15「新聞配達をする目的」は金を得る事です
「人生の目的」は死でしかありえません
愚か者どもが考えが浅い!死とは何かということをしっかり考え死などないと
いう境地まで達してからまた考え直せ
15 考える名無しさん :2007/03/16(金) 15:06:15いう境地まで達してからまた考え直せ
>>10
だれかが「死」は「世の審判」っと君子な方がいっておられたが>?
11 考える名無しさん :2007/03/16(金) 05:05:20だれかが「死」は「世の審判」っと君子な方がいっておられたが>?
そうそう死なんて無いのよ
意味わかるかなぁ 考えろよ
12 考える名無しさん :2007/03/16(金) 05:24:12意味わかるかなぁ 考えろよ
目的は1である。判断は2である。
始まりと終わりは、1/2である。
本当のものは2/1である。
だから、目的は本当のものであると、2である。
14 考える名無しさん :2007/03/16(金) 09:24:33始まりと終わりは、1/2である。
本当のものは2/1である。
だから、目的は本当のものであると、2である。
>>1
じゃあ聞く。
何でお前は死なないの?
18 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/16(金) 19:55:35じゃあ聞く。
何でお前は死なないの?
14
今の私はまだ真理を確信にするために修行をしている段階です
この真理を理解した偉人はみな死んでます
それでも死ねない人は生ける死、すなわち発狂します
19 5 :2007/03/16(金) 21:00:55今の私はまだ真理を確信にするために修行をしている段階です
この真理を理解した偉人はみな死んでます
それでも死ねない人は生ける死、すなわち発狂します
>>18
君がまず反論すべきなのは、「自分が死んでも次世代の人間は生きている」というような主張。
一個の人間の生死が、「人類」、あるいは「生物」、あるいは「地球」などの「生」の一過程でしかないとするなら、
一個人の人生の究極目的が死とは言えない。
ちょうど細胞が結果として死滅しても、細胞は死滅するために存在していたのではないように、
人類などの巨大な生き物の使い捨てパーツとして消耗されるのが人生の目的なのかもしれない。
次に反論すべきなのは「人生に目的などない」
というような主張。
君は「死以外の目的は自己欺瞞でしかない」と結論付けるが、
何故それすら自己欺瞞だとは思わない?
例えばある人が画家を目指したが、夢は叶わず結果として会社員になった。
彼は言う。「俺は最初から会社員を目指していたんだ、どたい画家になんかなれるはずないからな」と。
もちろん彼はこの時自己欺瞞している。彼が目的としていたことは結果としてなった事ではない。
もう一度言うが、あなたは結果と目的を混同している。
目的は結果に従属しない。
あるいはあなたは「人生に目的などないかもしれないが、無いよりは有るほうがマシだから死を目的とするんだ」
と言うかもしれないが、
やはりそれも自己欺瞞でしかない。よって、死以外のことを目的とした者に「それは自己欺瞞だ」と非難してもなんの効力もない。
「自己欺瞞で何がいけない?お前だって死が目的と自己欺瞞しているじゃないか」と言い返されるだけだからだ。
20 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/18(日) 00:47:20君がまず反論すべきなのは、「自分が死んでも次世代の人間は生きている」というような主張。
一個の人間の生死が、「人類」、あるいは「生物」、あるいは「地球」などの「生」の一過程でしかないとするなら、
一個人の人生の究極目的が死とは言えない。
ちょうど細胞が結果として死滅しても、細胞は死滅するために存在していたのではないように、
人類などの巨大な生き物の使い捨てパーツとして消耗されるのが人生の目的なのかもしれない。
次に反論すべきなのは「人生に目的などない」
というような主張。
君は「死以外の目的は自己欺瞞でしかない」と結論付けるが、
何故それすら自己欺瞞だとは思わない?
例えばある人が画家を目指したが、夢は叶わず結果として会社員になった。
彼は言う。「俺は最初から会社員を目指していたんだ、どたい画家になんかなれるはずないからな」と。
もちろん彼はこの時自己欺瞞している。彼が目的としていたことは結果としてなった事ではない。
もう一度言うが、あなたは結果と目的を混同している。
目的は結果に従属しない。
あるいはあなたは「人生に目的などないかもしれないが、無いよりは有るほうがマシだから死を目的とするんだ」
と言うかもしれないが、
やはりそれも自己欺瞞でしかない。よって、死以外のことを目的とした者に「それは自己欺瞞だ」と非難してもなんの効力もない。
「自己欺瞞で何がいけない?お前だって死が目的と自己欺瞞しているじゃないか」と言い返されるだけだからだ。
>>19
決して実証されず人間には絶対理解不可能な事が
人生の目的なのかもしれないと言われても
それは人生の目的ではなく宗教ですねというしかありません
さらに私という人間が死んだ、その後の世界がどうなろうが
私には一切関係がありません
なぜならそれを認識できる私が存在しないからです
私が死ねば世界も滅びます
使い捨てのパーツとして消耗される細胞に
自我があったとしても同じことを言うでしょう
目的と結果を混同しているとおっしゃいますが
ここで例に出ているものは全て生を前提とした達成可能な目的です
しかし人生の目的とは死を前提とした故に絶対達成不可能な目的なのです
つまりだからこそ人生の目的は死以外ありえないのです
自己欺瞞的という言葉でもしも私の真意が伝わらないのでしたら
真理を欺瞞している、つまりいつか必ず死ぬという真理を欺瞞している真理欺瞞
とでも言い直したほうが良いでしょうか?
いつか必ず死ぬという真理から目を逸らし
死以外の目的を勝手に設定して生きることはまさに真理を欺瞞している
自らの死を認めようとしない愚かな行為だと言えます
35 5 :2007/03/18(日) 02:40:22決して実証されず人間には絶対理解不可能な事が
人生の目的なのかもしれないと言われても
それは人生の目的ではなく宗教ですねというしかありません
さらに私という人間が死んだ、その後の世界がどうなろうが
私には一切関係がありません
なぜならそれを認識できる私が存在しないからです
私が死ねば世界も滅びます
使い捨てのパーツとして消耗される細胞に
自我があったとしても同じことを言うでしょう
目的と結果を混同しているとおっしゃいますが
ここで例に出ているものは全て生を前提とした達成可能な目的です
しかし人生の目的とは死を前提とした故に絶対達成不可能な目的なのです
つまりだからこそ人生の目的は死以外ありえないのです
自己欺瞞的という言葉でもしも私の真意が伝わらないのでしたら
真理を欺瞞している、つまりいつか必ず死ぬという真理を欺瞞している真理欺瞞
とでも言い直したほうが良いでしょうか?
いつか必ず死ぬという真理から目を逸らし
死以外の目的を勝手に設定して生きることはまさに真理を欺瞞している
自らの死を認めようとしない愚かな行為だと言えます
>>20
実証不可能だけど、反証も不可能なんだよ。
キミが「人生の目的は死だ」と言い切るならば、死の先に目的がある可能性を全て否定しなければならない。
そうでなければ死が目的とは言い切れない。
キミが死ねば、キミにとっての世界は滅びる。確かにその通りかもね。
だから死の先に目的があると考えるのは自身の安息を得るためかもしれない。
キミは不安や絶望という不幸から逃れるために人には目的が必要だという。
それならば、次代に可能性を継ぐことを目的とし、虚無から逃れて何がいけない?
死から自己欺瞞しているわけではなく、それを受けいれかつ未来を見つめているのだよ?
そして、死以外の目的はいくらでもあり得るよ?
歴史に残るような偉業をすること、子供を産むこと、愛した人と結婚すること、などなどね。
「どうせ死ぬんだから何をやっても価値がない、それゆえにそれは目的になりえない」
というんならまだ分かるけど、その理屈でいうなら死にだって価値はないから目的にはなりえない。
死からは絶対に逃れえないという事実から目をそむけること、それを自己欺瞞と呼んだんだね。
確かに意味を誤解してしまった、ごめん。
ただ、それは「人生に目的などない」という仮定への否定になっていない。
21 考える名無しさん :2007/03/18(日) 01:01:47実証不可能だけど、反証も不可能なんだよ。
キミが「人生の目的は死だ」と言い切るならば、死の先に目的がある可能性を全て否定しなければならない。
そうでなければ死が目的とは言い切れない。
キミが死ねば、キミにとっての世界は滅びる。確かにその通りかもね。
だから死の先に目的があると考えるのは自身の安息を得るためかもしれない。
キミは不安や絶望という不幸から逃れるために人には目的が必要だという。
それならば、次代に可能性を継ぐことを目的とし、虚無から逃れて何がいけない?
死から自己欺瞞しているわけではなく、それを受けいれかつ未来を見つめているのだよ?
そして、死以外の目的はいくらでもあり得るよ?
歴史に残るような偉業をすること、子供を産むこと、愛した人と結婚すること、などなどね。
「どうせ死ぬんだから何をやっても価値がない、それゆえにそれは目的になりえない」
というんならまだ分かるけど、その理屈でいうなら死にだって価値はないから目的にはなりえない。
死からは絶対に逃れえないという事実から目をそむけること、それを自己欺瞞と呼んだんだね。
確かに意味を誤解してしまった、ごめん。
ただ、それは「人生に目的などない」という仮定への否定になっていない。
まりちゃんちょっと焦り過ぎじゃないかな
根本的なところをもうちょっと考え直すことを勧めるよ
22 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/18(日) 01:04:02根本的なところをもうちょっと考え直すことを勧めるよ
>>21
根本的なところと言うところをもう少し詳しくお願いします
23 考える名無しさん :2007/03/18(日) 01:13:00根本的なところと言うところをもう少し詳しくお願いします
呼び方まりちゃんでいいのか…w
例えば何か理解しきれないものがあるとして
それを理解しようとする前に
それ自体の定義を考えるべきだということ
「私」って何だろうって考える前に
「私」という言葉が架空の象徴であることに気付くべきだ、というようにね
26 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/18(日) 01:26:57例えば何か理解しきれないものがあるとして
それを理解しようとする前に
それ自体の定義を考えるべきだということ
「私」って何だろうって考える前に
「私」という言葉が架空の象徴であることに気付くべきだ、というようにね
>>23
そういうことを考えているとどんどん混乱していきます
何もかも疑ってしまいます
しかし私が良いたいことはもっと単純な事なのです
私の知能レベルではあなたの言わんとする真意が理解できないのかもしれない
それなら申し訳ない
24 考える名無しさん :2007/03/18(日) 01:13:38そういうことを考えているとどんどん混乱していきます
何もかも疑ってしまいます
しかし私が良いたいことはもっと単純な事なのです
私の知能レベルではあなたの言わんとする真意が理解できないのかもしれない
それなら申し訳ない
人は必ず死ぬとういうのも真理といえるかどうかわからないが…。
子供を残すのが目的の人生ってのもあるだろ。
遊ぶことが目的の人生ってのもあるだろ。
目的のない人生もあるだろう。
真理でないから、果てしなく虚しい?
なにか「真理」の意味を誤解していないか?
私は、真である命題や、普遍的妥当性を持つものを真理と呼んでいるが、
とりあえず、君の「真理」の意味を語ってくれ。
25 考える名無しさん :2007/03/18(日) 01:19:57子供を残すのが目的の人生ってのもあるだろ。
遊ぶことが目的の人生ってのもあるだろ。
目的のない人生もあるだろう。
真理でないから、果てしなく虚しい?
なにか「真理」の意味を誤解していないか?
私は、真である命題や、普遍的妥当性を持つものを真理と呼んでいるが、
とりあえず、君の「真理」の意味を語ってくれ。
>>24
その言い方ではまりちゃん混乱するに一票
26 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/18(日) 01:26:57その言い方ではまりちゃん混乱するに一票
>>24
真理の意味は>>1で語っている事が全てです
人が死ぬ、つまり私が死んでしまうという事が真理だという事です
これで私が言わんとする真理という言葉の定義が分かるでしょうか
今までの私の主張は全て>>1に書いてあります
分からないのなら私に文章力がないからです
申し訳ない
27 考える名無しさん :2007/03/18(日) 01:31:25真理の意味は>>1で語っている事が全てです
人が死ぬ、つまり私が死んでしまうという事が真理だという事です
これで私が言わんとする真理という言葉の定義が分かるでしょうか
今までの私の主張は全て>>1に書いてあります
分からないのなら私に文章力がないからです
申し訳ない
>>1
あなたは、終末と目的とを混同している・・・
29 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/18(日) 01:43:40あなたは、終末と目的とを混同している・・・
>>27
そうでしょうか
32 考える名無しさん :2007/03/18(日) 01:57:07そうでしょうか
そうだよ。
死ぬといっても80歳で心不全で死ぬか
60歳で癌で死ぬかは分からないし、
死に方にもいろいろある。
様々な死に方は、その人の生き方によって
決まってくるから、
病死も事故死も自殺もひとまとめにして
「死」としちゃうのが無理。
あと、「人生の目的」が一つしかないと
なんで思うのか、不思議だ・・
39 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/19(月) 00:41:24死ぬといっても80歳で心不全で死ぬか
60歳で癌で死ぬかは分からないし、
死に方にもいろいろある。
様々な死に方は、その人の生き方によって
決まってくるから、
病死も事故死も自殺もひとまとめにして
「死」としちゃうのが無理。
あと、「人生の目的」が一つしかないと
なんで思うのか、不思議だ・・
>>32
死ぬまでにどんな生き方をしていようが死は死じゃないですか
人生の目的は人が死ぬ限り存在しない
故に死が唯一の人生の目的なのです
44 5 :2007/03/19(月) 01:34:31死ぬまでにどんな生き方をしていようが死は死じゃないですか
人生の目的は人が死ぬ限り存在しない
故に死が唯一の人生の目的なのです
>>39
ようやくキミの考えが少し掴めた気がする。
何故死を目的にしようとするのかといえば、
「死からは決して逃れ得ない。ならば、それを時限爆弾のように受け取るべきでなく、自分の意志で爆発させるべきだ」
ということだね。
そうすれば、キミが死に従属するのでなく、死がキミの意志に従属することになるから。ある意味で自由になるんだね。
ただ、「意味」とは何?
キミは自己決定することに意味を感じる。それは何故?
「そんなのは結局無意味だろう」と言われればキミは反論できるかい?
私見を言わせてもらえば、この世に意味も価値も目的もない。
だけどある人は何かに意味を見つけるし、何かに価値を見いだすし、何かの目的を掴む。
それは何故?何もないという虚しさから逃れるための自己欺瞞?
いやそれは違う、と思う。
意味も、価値も、目的も、生まれた時から誰かさんに与えられているものじゃなく、ただ自分で創造するものだ。
キミが何かに意味を見いだせれば意味があり、見いだせなければ何もない。ただそれだけじゃないだろうか。
他人がその意味を否定したところでその人にとってはある。それが不動の事実だ。
>みんな死んでしまうじゃないですか。
いや、その子どもがまた子どもを産んで生んでと続くかもしれないよ。
いつかは太陽も地球も駄目になるだろうけど、その時には別の惑星に移住しているかもしれない。
いつかはこの宇宙さえ駄目になるかもしれないけど、そうなる前に人は人為的に新しい宇宙を造れるようになるかもしれない。
その可能性は誰にも否定しきれない、人類最後の人間でさえね。
それが宗教的と言われれば確かにそうだ。
だけどそれが虚しいかというと、違う。
自分が生きた証が永遠に消えない可能性が少しでもあるだけで、どうしようもなく嬉しい。
30 考える名無しさん :2007/03/18(日) 01:48:41ようやくキミの考えが少し掴めた気がする。
何故死を目的にしようとするのかといえば、
「死からは決して逃れ得ない。ならば、それを時限爆弾のように受け取るべきでなく、自分の意志で爆発させるべきだ」
ということだね。
そうすれば、キミが死に従属するのでなく、死がキミの意志に従属することになるから。ある意味で自由になるんだね。
ただ、「意味」とは何?
キミは自己決定することに意味を感じる。それは何故?
「そんなのは結局無意味だろう」と言われればキミは反論できるかい?
私見を言わせてもらえば、この世に意味も価値も目的もない。
だけどある人は何かに意味を見つけるし、何かに価値を見いだすし、何かの目的を掴む。
それは何故?何もないという虚しさから逃れるための自己欺瞞?
いやそれは違う、と思う。
意味も、価値も、目的も、生まれた時から誰かさんに与えられているものじゃなく、ただ自分で創造するものだ。
キミが何かに意味を見いだせれば意味があり、見いだせなければ何もない。ただそれだけじゃないだろうか。
他人がその意味を否定したところでその人にとってはある。それが不動の事実だ。
>みんな死んでしまうじゃないですか。
いや、その子どもがまた子どもを産んで生んでと続くかもしれないよ。
いつかは太陽も地球も駄目になるだろうけど、その時には別の惑星に移住しているかもしれない。
いつかはこの宇宙さえ駄目になるかもしれないけど、そうなる前に人は人為的に新しい宇宙を造れるようになるかもしれない。
その可能性は誰にも否定しきれない、人類最後の人間でさえね。
それが宗教的と言われれば確かにそうだ。
だけどそれが虚しいかというと、違う。
自分が生きた証が永遠に消えない可能性が少しでもあるだけで、どうしようもなく嬉しい。
これだけ書いて寝ることにする
君が今求めてるのは、この考えをはっきりしたものに仕上げて
確信を持って死ぬことだよね?
でもこのままじゃ完成は望めないよ
死の定義も何もかも疑って、混乱しても考えないと変わらないんだよ
そのうち、死についてクリアーな答えが導かれるから
あと混乱することは、今までの自分の認識が変わろうとしているとか、
疑える余地、改善する余地が見えたということだから哲学的にはとてもいいことだよ
しんどいけどね
31 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/18(日) 01:51:44君が今求めてるのは、この考えをはっきりしたものに仕上げて
確信を持って死ぬことだよね?
でもこのままじゃ完成は望めないよ
死の定義も何もかも疑って、混乱しても考えないと変わらないんだよ
そのうち、死についてクリアーな答えが導かれるから
あと混乱することは、今までの自分の認識が変わろうとしているとか、
疑える余地、改善する余地が見えたということだから哲学的にはとてもいいことだよ
しんどいけどね
>>30
>君が今求めてるのは、この考えをはっきりしたものに仕上げて
>確信を持って死ぬことだよね?
そのとおりです
では死とは何かということを
これから考えたいと思います
33 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/18(日) 02:16:09>君が今求めてるのは、この考えをはっきりしたものに仕上げて
>確信を持って死ぬことだよね?
そのとおりです
では死とは何かということを
これから考えたいと思います
死。生物の生命活動が終止すること。つまり自分の肉体の活動が終止する事
すなわち私が死ぬ事。私が死ぬ。私が死ぬ?その私って何
私とは私。今ものを考えている私。今書き込んでいる私。私という意識の私
今キーボードを触ってる私。今寒さで冷たくなっている私。肉体という私
つまり私は意識と肉体で私。どちらも私。どちらも私?
肉体は本当に私?確かに肉体と精神の私は繋がっている
だけどそれで肉体は私だといえる?肉体に自我がある?
脳みそがあるから私は存在するんだ。なるほど脳みそという肉体が
私という意識を作っている。しかしそれは私という意識ではない
私という意識はあくまで独立を保っている私。だから肉体は私の乗り物
私は意識!つまり私が死ぬという事は私の意識が永遠に停止する事
永遠に停止?だれがそんな事を決めた?私が私の意識という
肉体をあくまでも借り物とした唯一無二の独立した存在であるならば
肉体が死んで私が死ぬという事をどうして証明できよう
しかしそれは私が寝ている間の私の意識を見れば分かるのではないか
私が寝ている間は私という意識は停止している。つまり死んでいる
でも私は起きたらまた寝る前の私という意識の私とのつながりを持っている
つまり私という意識が死んでも私はまた私という意識を持つ事ができる
私という意識を作るものは何?言語と肉体の感覚情報?
瞬きをする前の私という意識と瞬きをした後の私という意識が
同一人物であるとするその証明はどうやってしているのか?なんとなく?
なんてややこしことを考えるんじゃなくて私という意識は私の肉体によって
私という連続した意識を保つことができているという事を理解すべきだ
私という意識は私の肉体が死ねば死ぬのだという事を理解すべき
つまり私とは肉体を宿主とした私という意識
私の肉体が死ねば私という意識は死ぬし私という意識が死ねば私は死ぬ
死ぬという事は私が永遠に存在しなくなるという事
いや存在しているかもしれないしその証明はできない
しかしそんな事を言えば私という意識の存在しか信じられなくなる
しかしこの現実という世界というもので私という肉体と私の意識は生きてきたのだから
それが妄想だとしても私が経験してきた事には違いないのだから
その現実という世界の認識から考えると私が
45 E2 ◆igyenga13c :2007/03/19(月) 15:07:46すなわち私が死ぬ事。私が死ぬ。私が死ぬ?その私って何
私とは私。今ものを考えている私。今書き込んでいる私。私という意識の私
今キーボードを触ってる私。今寒さで冷たくなっている私。肉体という私
つまり私は意識と肉体で私。どちらも私。どちらも私?
肉体は本当に私?確かに肉体と精神の私は繋がっている
だけどそれで肉体は私だといえる?肉体に自我がある?
脳みそがあるから私は存在するんだ。なるほど脳みそという肉体が
私という意識を作っている。しかしそれは私という意識ではない
私という意識はあくまで独立を保っている私。だから肉体は私の乗り物
私は意識!つまり私が死ぬという事は私の意識が永遠に停止する事
永遠に停止?だれがそんな事を決めた?私が私の意識という
肉体をあくまでも借り物とした唯一無二の独立した存在であるならば
肉体が死んで私が死ぬという事をどうして証明できよう
しかしそれは私が寝ている間の私の意識を見れば分かるのではないか
私が寝ている間は私という意識は停止している。つまり死んでいる
でも私は起きたらまた寝る前の私という意識の私とのつながりを持っている
つまり私という意識が死んでも私はまた私という意識を持つ事ができる
私という意識を作るものは何?言語と肉体の感覚情報?
瞬きをする前の私という意識と瞬きをした後の私という意識が
同一人物であるとするその証明はどうやってしているのか?なんとなく?
なんてややこしことを考えるんじゃなくて私という意識は私の肉体によって
私という連続した意識を保つことができているという事を理解すべきだ
私という意識は私の肉体が死ねば死ぬのだという事を理解すべき
つまり私とは肉体を宿主とした私という意識
私の肉体が死ねば私という意識は死ぬし私という意識が死ねば私は死ぬ
死ぬという事は私が永遠に存在しなくなるという事
いや存在しているかもしれないしその証明はできない
しかしそんな事を言えば私という意識の存在しか信じられなくなる
しかしこの現実という世界というもので私という肉体と私の意識は生きてきたのだから
それが妄想だとしても私が経験してきた事には違いないのだから
その現実という世界の認識から考えると私が
まりさん。
>>1『真理』という概念は、「ひとっかけらの例外も許さない」という論理的な厳しさを持つ。
「人は死ぬ」ということを『真理』と決め付けているけど、本当に人は死んでしまうのか?
現段階の科学技術では「不死」を可能にはしていないけれども、可能性として「不死」がないわけではないだろう。
ここまで言わずともいいか(笑)
「経験的に言えば、人は必ず死ぬものだ」という認識があるだけのこと。「経験的」というのがチェックポイントね。これは「論理」とは別の価値判断基準。
『哲学』ってぇのは、「論理」を武器にしながら「経験」ってなものと対峙していく姿勢を買っている連中がこさえてきた分野だと、わしは思うわけ。
で、この「何かを掴める」ということ。これは「論理」ではないわけよ。
この論理的じゃないものを掴みつつ、しかし、人とのやり取りにおいては「論理」を基盤にして行わなくてはならない、という隘路を進んでいくわけなのよねぇ、哲学徒は。
ここまでが、一応、「哲学」ってやつの土俵固めの部分。
46 E2 ◆igyenga13c :2007/03/19(月) 15:08:38>>1『真理』という概念は、「ひとっかけらの例外も許さない」という論理的な厳しさを持つ。
「人は死ぬ」ということを『真理』と決め付けているけど、本当に人は死んでしまうのか?
現段階の科学技術では「不死」を可能にはしていないけれども、可能性として「不死」がないわけではないだろう。
ここまで言わずともいいか(笑)
「経験的に言えば、人は必ず死ぬものだ」という認識があるだけのこと。「経験的」というのがチェックポイントね。これは「論理」とは別の価値判断基準。
『哲学』ってぇのは、「論理」を武器にしながら「経験」ってなものと対峙していく姿勢を買っている連中がこさえてきた分野だと、わしは思うわけ。
で、この「何かを掴める」ということ。これは「論理」ではないわけよ。
この論理的じゃないものを掴みつつ、しかし、人とのやり取りにおいては「論理」を基盤にして行わなくてはならない、という隘路を進んでいくわけなのよねぇ、哲学徒は。
ここまでが、一応、「哲学」ってやつの土俵固めの部分。
>>45
>>1
>人生には目的が必要である
>目的のない人生には、不安と絶望しかない
>つまり絶対的な不幸が、目的のない人生には用意されている
「人生の目的」とやら、有った方が楽かとは経験的には思うが、本当に必要なのだろうか?
>しかし人は皆死ぬ
これも経験的には真実っぽいなぁ。しかし、そうと言い切れるのだろうか?
まあ、現時点においては、「結果としてはそうなるだろうなぁ」という予測は十分なりたつだろう、という程度の真実性を持つが。
>つまり人生の目的は「死」でしか「ありえない」のである
「目的」と「結果」、それぞれの言葉の持つ意味の違いに敏感であって欲しい。
オリンピックに参加した選手の中には、「参加できるだけでうれしい」っていう人もいれば、「金メダル以外はいらない」ってな人もいる。
前者にとってみれば「オリンピック参加」というだけで、「目的」=「結果」となるが、後者にとってみれば、金メダルを取った時点で、「目的」=「結果」となる。
ここで、論理的には破綻してしまっている。
>死以外の目的で人生を生きるということは
>自分を騙しながら、真理を偽りながら生きる
>自己欺瞞的な生き方でしかない
前段を踏まえた結論部分だが、前段の論理が破綻しているので、受け入れられるものではないんだよね、残念ながら。
ま、しかし、まりさんの言いたいことは分かる。哲学徒としての俺じゃなく、人間としての俺としてね。
「安易に『目的もって活き活き生きましょ〜^^』なんてほざいてエアロビクスなんぞで満面の笑みばら撒くなってんだ!! こんちきしょーめ!!」っていう気分、もうありまくりだからな、わしも(笑)(笑)
「老後の人生謳歌し、『花壇こさえて水やったり、NPOだボランティアだと社会的に貢献することが楽しみです』なんて、たんまりと年金貰ってるからやれんだろ? てめぇらくそじじぃ、ばばぁどもめぇ」なんていう気分もあるからなぁ、僕(笑)(笑)
僕としては、>>33あたりのぐちょぐちょなところにもっと目を向けて、そこを突き抜けていくような感じで洞察を進めてもらえたら、嬉しいなぁ。
52 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/21(水) 00:38:04>>1
>人生には目的が必要である
>目的のない人生には、不安と絶望しかない
>つまり絶対的な不幸が、目的のない人生には用意されている
「人生の目的」とやら、有った方が楽かとは経験的には思うが、本当に必要なのだろうか?
>しかし人は皆死ぬ
これも経験的には真実っぽいなぁ。しかし、そうと言い切れるのだろうか?
まあ、現時点においては、「結果としてはそうなるだろうなぁ」という予測は十分なりたつだろう、という程度の真実性を持つが。
>つまり人生の目的は「死」でしか「ありえない」のである
「目的」と「結果」、それぞれの言葉の持つ意味の違いに敏感であって欲しい。
オリンピックに参加した選手の中には、「参加できるだけでうれしい」っていう人もいれば、「金メダル以外はいらない」ってな人もいる。
前者にとってみれば「オリンピック参加」というだけで、「目的」=「結果」となるが、後者にとってみれば、金メダルを取った時点で、「目的」=「結果」となる。
ここで、論理的には破綻してしまっている。
>死以外の目的で人生を生きるということは
>自分を騙しながら、真理を偽りながら生きる
>自己欺瞞的な生き方でしかない
前段を踏まえた結論部分だが、前段の論理が破綻しているので、受け入れられるものではないんだよね、残念ながら。
ま、しかし、まりさんの言いたいことは分かる。哲学徒としての俺じゃなく、人間としての俺としてね。
「安易に『目的もって活き活き生きましょ〜^^』なんてほざいてエアロビクスなんぞで満面の笑みばら撒くなってんだ!! こんちきしょーめ!!」っていう気分、もうありまくりだからな、わしも(笑)(笑)
「老後の人生謳歌し、『花壇こさえて水やったり、NPOだボランティアだと社会的に貢献することが楽しみです』なんて、たんまりと年金貰ってるからやれんだろ? てめぇらくそじじぃ、ばばぁどもめぇ」なんていう気分もあるからなぁ、僕(笑)(笑)
僕としては、>>33あたりのぐちょぐちょなところにもっと目を向けて、そこを突き抜けていくような感じで洞察を進めてもらえたら、嬉しいなぁ。
>>45>>46
どうも詳しい説明ありがとう
人生の目的は必要でしょう
目的のない努力はできません
人が死ぬということを大前提としています
そこは疑いません
「人が死ぬという事を大前提として」の上での真理です
「オリンピックの目的」は生を前提とした目的で個々人違いがあるでしょうが
「人生の目的」は死を前提とした目的で
死がある限り死以外の目的は存在しないと思います
>エアロビ
確かにそういう人たちを見てるとイライラします
>>33あたりのぐちょぐちょなところは
私がいいたい真理とは違うような気がします
私がいいたい真理はそれらの思考実験言葉遊びを
すでに超過している上での真理だという事です
上手く言葉で説明はできないのですが
56 E2 ◆igyenga13c :2007/03/21(水) 16:09:32どうも詳しい説明ありがとう
人生の目的は必要でしょう
目的のない努力はできません
人が死ぬということを大前提としています
そこは疑いません
「人が死ぬという事を大前提として」の上での真理です
「オリンピックの目的」は生を前提とした目的で個々人違いがあるでしょうが
「人生の目的」は死を前提とした目的で
死がある限り死以外の目的は存在しないと思います
>エアロビ
確かにそういう人たちを見てるとイライラします
>>33あたりのぐちょぐちょなところは
私がいいたい真理とは違うような気がします
私がいいたい真理はそれらの思考実験言葉遊びを
すでに超過している上での真理だという事です
上手く言葉で説明はできないのですが
>>52
>「オリンピックの目的」は生を前提とした目的で個々人違いがあるでしょうが
誤解しているようだから書いておきますが、
僕は『目的』と『結果』、それぞれの言葉の持つ意味の違いを、
辞書的ではなく例え話でもって説明したまでです。
「生を前提とした云々」は関係ありません。
> 上手く言葉で説明はできないのですが
「言葉」をもってして何かを表出したい、表現したい、というあがき。
「言語」そのものに備わる「論理」をもってして何かを表出したい、表現したい、というもがき。
「非言語」をもってして何かを表出したい、表現したい、という欲望。
「この『何か』は『何か』ではあるんだが、『何か』を『何か』として(消化/昇華/消火)するには、
『何か』を一体どのような道筋で(語り/騙り/非語り/弾き語り)得れば、よりよいのだろう?」
これらを、排泄物と呼ぶ人もいれば、芸術と呼ぶ人もいれば、学問と呼ぶ人もいれば、
「生きている」と呼ぶ人もいる。
40 承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/19(月) 00:54:45>「オリンピックの目的」は生を前提とした目的で個々人違いがあるでしょうが
誤解しているようだから書いておきますが、
僕は『目的』と『結果』、それぞれの言葉の持つ意味の違いを、
辞書的ではなく例え話でもって説明したまでです。
「生を前提とした云々」は関係ありません。
> 上手く言葉で説明はできないのですが
「言葉」をもってして何かを表出したい、表現したい、というあがき。
「言語」そのものに備わる「論理」をもってして何かを表出したい、表現したい、というもがき。
「非言語」をもってして何かを表出したい、表現したい、という欲望。
「この『何か』は『何か』ではあるんだが、『何か』を『何か』として(消化/昇華/消火)するには、
『何か』を一体どのような道筋で(語り/騙り/非語り/弾き語り)得れば、よりよいのだろう?」
これらを、排泄物と呼ぶ人もいれば、芸術と呼ぶ人もいれば、学問と呼ぶ人もいれば、
「生きている」と呼ぶ人もいる。
私の勘違いかも知れませんけど、
マリさんは主観と客観をゴッチャにしてませんか?
生命体が死ぬのは、客観的事実ですけど、
人が真理や目的や目標を感じるのは主観的な出来事ですけど。
41 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/19(月) 00:59:14マリさんは主観と客観をゴッチャにしてませんか?
生命体が死ぬのは、客観的事実ですけど、
人が真理や目的や目標を感じるのは主観的な出来事ですけど。
>>40
客観的事実である死を主観でも真理にしようと言う事です
客観的事実と主観がバラバラな方が問題あると思うのです
42 承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/19(月) 01:29:03客観的事実である死を主観でも真理にしようと言う事です
客観的事実と主観がバラバラな方が問題あると思うのです
客観的事実を主観に取り込んだ人って、
スタートレックの感情チップ無しのデータみたいなヤツが理想かい?
知識に意識を侵食されたいのかな?
51 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/21(水) 00:27:07スタートレックの感情チップ無しのデータみたいなヤツが理想かい?
知識に意識を侵食されたいのかな?
>>42
私達は客観的事実の中で生きてきて
客観的事実の中で意識を形成してきたのに
死という客観的事実だけ認めないというのはおかしい
43 考える名無しさん :2007/03/19(月) 01:32:35私達は客観的事実の中で生きてきて
客観的事実の中で意識を形成してきたのに
死という客観的事実だけ認めないというのはおかしい
批判するのは簡単な事だが、その人の思い入れを知れば簡単に否定は出来ない!
ある天気の良い休日の午後の事だった。俺は道の駅にてブラックコーヒーで喉を潤していると
直管の甲高い音と共にピンク色のロケットカウル、白い三段シート、タンクには日章旗の描かれた
一目で暴走族と解る車両が5台進入してきた。俺も族は嫌いだから心の中で「やれやれ、うるさいのが来たな。」
その連中の一人が俺とバイクの存在に気付くとゆっくりと俺の方に歩み寄ってきた。
その男の顔を見ると四十代半ばでヘルメット(勿論立花の半キャップ)を脱ぐと白髪混じりの七三分けだった。
そして、屈託の無い笑顔で「今日はいい天気ですねー!絶好のツーリング日和ですねー!」と話しかけてきた。
俺は拍子抜けしたと同時に相手に敵意が無い事を悟り「まるで暴走族みたいにいじってますね。」と問いかけた!
するとそのおじさんは更に満面の笑みを浮かべながら「うん、うん、そうなんですよ!」と嬉しそうに語りだした。
高校時代は家が貧しく、奨学金と新聞配達で生活をしていた事。
周りの暴走族に憧れていたが勉強が忙しくてそれどころではなかった事。
いつかは、あんなバイクに乗って走り回るのを夢見てがむしゃらに仕事をした日々。
彼は情熱的に語ってくれた!今は頑張った甲斐あって会社を経営しているそうだ!
彼の仲間達も皆当時は経済面、進学等で暴走族に憧れながらも暴走族にはなれなかった人達だと言う事が解った。
彼らは皆、現在は社会的に成功している大人達で昔の夢をようやくかなえる事が出来たのだ!
俺は胸が熱くなった!そして一人一人と硬い握手を交わし「いつまでも走り続けましょう!自分のスタイルに誇りを持ってください!」
と叫んだのだった。
そう、彼らにはとても深い思い入れがあったのだ!それでも君達は彼らを批判したり、バカにする事が出来ますか?
51 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/21(水) 00:27:07ある天気の良い休日の午後の事だった。俺は道の駅にてブラックコーヒーで喉を潤していると
直管の甲高い音と共にピンク色のロケットカウル、白い三段シート、タンクには日章旗の描かれた
一目で暴走族と解る車両が5台進入してきた。俺も族は嫌いだから心の中で「やれやれ、うるさいのが来たな。」
その連中の一人が俺とバイクの存在に気付くとゆっくりと俺の方に歩み寄ってきた。
その男の顔を見ると四十代半ばでヘルメット(勿論立花の半キャップ)を脱ぐと白髪混じりの七三分けだった。
そして、屈託の無い笑顔で「今日はいい天気ですねー!絶好のツーリング日和ですねー!」と話しかけてきた。
俺は拍子抜けしたと同時に相手に敵意が無い事を悟り「まるで暴走族みたいにいじってますね。」と問いかけた!
するとそのおじさんは更に満面の笑みを浮かべながら「うん、うん、そうなんですよ!」と嬉しそうに語りだした。
高校時代は家が貧しく、奨学金と新聞配達で生活をしていた事。
周りの暴走族に憧れていたが勉強が忙しくてそれどころではなかった事。
いつかは、あんなバイクに乗って走り回るのを夢見てがむしゃらに仕事をした日々。
彼は情熱的に語ってくれた!今は頑張った甲斐あって会社を経営しているそうだ!
彼の仲間達も皆当時は経済面、進学等で暴走族に憧れながらも暴走族にはなれなかった人達だと言う事が解った。
彼らは皆、現在は社会的に成功している大人達で昔の夢をようやくかなえる事が出来たのだ!
俺は胸が熱くなった!そして一人一人と硬い握手を交わし「いつまでも走り続けましょう!自分のスタイルに誇りを持ってください!」
と叫んだのだった。
そう、彼らにはとても深い思い入れがあったのだ!それでも君達は彼らを批判したり、バカにする事が出来ますか?
>>43
仕事を頑張れる人って
自分が死ぬって事を忘れてるんじゃないですか
それに死ぬのだからいつまでも走れないです
50 承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/03/20(火) 02:19:01仕事を頑張れる人って
自分が死ぬって事を忘れてるんじゃないですか
それに死ぬのだからいつまでも走れないです
不死とか永遠の命なんて、宗教ではアリフレタもんだよ?
死に囚われて、深刻になっても、
何かを信じて笑いながら生きても、
時間は平等に過ぎてくからさ。
マリさん、あんまり頑張らないでね。
70 考える名無しさん :2007/03/28(水) 22:38:34死に囚われて、深刻になっても、
何かを信じて笑いながら生きても、
時間は平等に過ぎてくからさ。
マリさん、あんまり頑張らないでね。
生まれて以来あなたの体はどれくらい入れ替わったのだろうか。
受精した当時の成分はどの程度残っているのだろうか。
誕生したときの細胞はどの程度生きているのだろうか。
断言しよう。お前は既に死んでいる。
生きるついでに易々と達成できたようなことが目的であるはずがない。
色即是空。
77 考える名無しさん :2007/03/29(木) 01:23:51受精した当時の成分はどの程度残っているのだろうか。
誕生したときの細胞はどの程度生きているのだろうか。
断言しよう。お前は既に死んでいる。
生きるついでに易々と達成できたようなことが目的であるはずがない。
色即是空。
小さなころは眠ることを怖がっていたと思いますよ。意識が消えるのは
同じ事ですから。言葉で思考するようになるとそれ以前のことを思い
出せなくなるようです。どこかで記憶或いは意識の断裂があります。
私は3歳ころからの記憶が断片的順不同にあります。小さいときの私の
意識は現在の私まで連続しているとは思えません。私が私でなかった時期が
あります。その後も同一であるという意識だけはありますが、確かに体験
したはずの記憶が多く欠落しています。
意識が消えるのは怖くないでしょう。睡眠と同じですから。
記憶が消えるのも怖くないでしょう。これも体験済みです。
苦痛が強ければ幸いです。早く死にたくなるでしょう。死に怯えることは
ありません。苦痛がなければ幸いです。それ自体があなたを脅かすことは
ないでしょう。
91 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/04/04(水) 20:50:48同じ事ですから。言葉で思考するようになるとそれ以前のことを思い
出せなくなるようです。どこかで記憶或いは意識の断裂があります。
私は3歳ころからの記憶が断片的順不同にあります。小さいときの私の
意識は現在の私まで連続しているとは思えません。私が私でなかった時期が
あります。その後も同一であるという意識だけはありますが、確かに体験
したはずの記憶が多く欠落しています。
意識が消えるのは怖くないでしょう。睡眠と同じですから。
記憶が消えるのも怖くないでしょう。これも体験済みです。
苦痛が強ければ幸いです。早く死にたくなるでしょう。死に怯えることは
ありません。苦痛がなければ幸いです。それ自体があなたを脅かすことは
ないでしょう。
>>77
>言葉で思考するようになるとそれ以前のことを思い出せなくなるようです
なるほど
もし明日自分の意識が永遠に消えるとして
私がそれを知れば今日の私はやはり苦しいのではないかと思います
永遠に消えるという確証がないから私は安心して眠られるのだと思います
まあ私は今すぐ眠ったまま苦痛なく死ねれば最高だとおもっていますが
あくまで一般論として
>苦痛が強ければ幸いです。早く死にたくなるでしょう
私はその苦痛が怖いのです。体験することの出来ない死よりも苦痛が
81 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/03/29(木) 05:41:15>言葉で思考するようになるとそれ以前のことを思い出せなくなるようです
なるほど
もし明日自分の意識が永遠に消えるとして
私がそれを知れば今日の私はやはり苦しいのではないかと思います
永遠に消えるという確証がないから私は安心して眠られるのだと思います
まあ私は今すぐ眠ったまま苦痛なく死ねれば最高だとおもっていますが
あくまで一般論として
>苦痛が強ければ幸いです。早く死にたくなるでしょう
私はその苦痛が怖いのです。体験することの出来ない死よりも苦痛が
何故に私は生きているのか。私は何をなすべきであるか。
私の行く手に待ち構えているあの避けがたい死によって
滅せられない悠久の意義が私の生活にあるのだろうか。
私はこの疑問に答えようと試みた。
この疑問は実に愚劣な、単純な、子供臭いものに思われていたのだが、
いざ取り上げて、解決しようという段になると、たちまち私はまず第一に
それが子供染みた愚かしい疑問でないどころか、
人生における最も重大な深刻な問題であるということを、
それから更にいかほど頭をひねっても、自分にはこれを
解決することができないのだということを信ぜざるを得なかった。
この疑問は悠々と答を待ってはいない。すぐに解答しなければならぬ。
答がなければ生きていくことができないのだ。しかも答は無いのであった。
人生は無意味なものである。これが真理だった。
自分の前には滅亡のほか何物もないことを発見したのである。
零イコ−ル零である。
人生はひっきょう無意義であるという事実が、
すべての人の究め得る、確実な、唯一の知識である。
理性の支配する知識は、人生が無意味であるという認識に私を導いた。
私は全力を集中して生から脱却しようともがいた。
自殺という考えが極めて自然に湧き起こってきた。
考えずに、ただ生きよと、いかほど自分に言ってみても、
私はそれを敢えてする事ができない。
この世に生をうけなかった者は幸福だ。死は生よりましである。
生より脱却しなければならない。
82 考える名無しさん :2007/03/29(木) 05:44:21私の行く手に待ち構えているあの避けがたい死によって
滅せられない悠久の意義が私の生活にあるのだろうか。
私はこの疑問に答えようと試みた。
この疑問は実に愚劣な、単純な、子供臭いものに思われていたのだが、
いざ取り上げて、解決しようという段になると、たちまち私はまず第一に
それが子供染みた愚かしい疑問でないどころか、
人生における最も重大な深刻な問題であるということを、
それから更にいかほど頭をひねっても、自分にはこれを
解決することができないのだということを信ぜざるを得なかった。
この疑問は悠々と答を待ってはいない。すぐに解答しなければならぬ。
答がなければ生きていくことができないのだ。しかも答は無いのであった。
人生は無意味なものである。これが真理だった。
自分の前には滅亡のほか何物もないことを発見したのである。
零イコ−ル零である。
人生はひっきょう無意義であるという事実が、
すべての人の究め得る、確実な、唯一の知識である。
理性の支配する知識は、人生が無意味であるという認識に私を導いた。
私は全力を集中して生から脱却しようともがいた。
自殺という考えが極めて自然に湧き起こってきた。
考えずに、ただ生きよと、いかほど自分に言ってみても、
私はそれを敢えてする事ができない。
この世に生をうけなかった者は幸福だ。死は生よりましである。
生より脱却しなければならない。
人生が無意味なら死もまた無意味だ。
生きることも死ぬことも同じだ。
死に意味を見出すことは、生に意味を見出すことと同じで、ただの妄想だ。
90 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/04/04(水) 20:31:07生きることも死ぬことも同じだ。
死に意味を見出すことは、生に意味を見出すことと同じで、ただの妄想だ。
>>82
生きるということは生に何かしらの意味を見出すと言うことです
それはもちろん妄想ですし欺瞞ですし真理ではないから否定されるべきです
そんな欺瞞的な生き方を否定する唯一の方法が死なのです
そして死こそが唯一真理を欺瞞しない人生の目的だと言うことです
死を目的とすることが死から目を背けない唯一の生き方だということです
97 考える名無しさん :2007/04/05(木) 23:22:06生きるということは生に何かしらの意味を見出すと言うことです
それはもちろん妄想ですし欺瞞ですし真理ではないから否定されるべきです
そんな欺瞞的な生き方を否定する唯一の方法が死なのです
そして死こそが唯一真理を欺瞞しない人生の目的だと言うことです
死を目的とすることが死から目を背けない唯一の生き方だということです
死は通過点でしか無い。
死のみを特別視すると言う事は、人の死が起こる(または生が起こる)
この世界を体系として見ていないんじゃ無いだろうか?
ボールが転がり出して止まるまでを見て、
そのボールが止まる事実に向かいただ転がっているだけだと思うのは、
転がる以前も、転がり出す影響も、何故そんな転がり方をするのかも、
何故止まってしまったのかも、見ていないのだろう。
ボールが止まったから、ボールは止まる事に向かい動いているだけで
止まる事がボールの唯一の真実である…と思えるだろうか?
本来、ボールとは転がり、跳ねる「動」の性質を持っているが、
ボールとは自発的に動くものでは無い。(自発的に止まるものでもない)
それぞれの段階と干渉とそれによる影響が起こるのであるから
静止(死)のみを特別視する事など出来ないのだ。
生の一瞬一瞬も死に接するその一瞬と何ら変わり無い真理の繋がりだ。
103 真理 ◆Kq/hroLWiA :2007/04/08(日) 21:17:17死のみを特別視すると言う事は、人の死が起こる(または生が起こる)
この世界を体系として見ていないんじゃ無いだろうか?
ボールが転がり出して止まるまでを見て、
そのボールが止まる事実に向かいただ転がっているだけだと思うのは、
転がる以前も、転がり出す影響も、何故そんな転がり方をするのかも、
何故止まってしまったのかも、見ていないのだろう。
ボールが止まったから、ボールは止まる事に向かい動いているだけで
止まる事がボールの唯一の真実である…と思えるだろうか?
本来、ボールとは転がり、跳ねる「動」の性質を持っているが、
ボールとは自発的に動くものでは無い。(自発的に止まるものでもない)
それぞれの段階と干渉とそれによる影響が起こるのであるから
静止(死)のみを特別視する事など出来ないのだ。
生の一瞬一瞬も死に接するその一瞬と何ら変わり無い真理の繋がりだ。
>>97
でも今モノを考えている私というのは唯一無二の私です
その例えで言うと転がりつづけ、やがて止まるのが私です
誰が何のために転がしたのか、などわかるはずもありません
ゆえに転がり続ける私が導き出せる唯一の真実が
やがて止まる、ということです。それだけです
でも今モノを考えている私というのは唯一無二の私です
その例えで言うと転がりつづけ、やがて止まるのが私です
誰が何のために転がしたのか、などわかるはずもありません
ゆえに転がり続ける私が導き出せる唯一の真実が
やがて止まる、ということです。それだけです
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後はそこからの単なる逃避と誤魔化し。
後はそこからの単なる逃避と誤魔化し。
>5と>7で終了。
後はそこからの単なる逃避と誤魔化し。
後はそこからの単なる逃避と誤魔化し。
中学生の頃の俺を見ているようだ…
真理の美名に酔う感じ。でよくよく考えると中身は空虚。
多いに悩めばいいんじゃないかな〜♪
真理の美名に酔う感じ。でよくよく考えると中身は空虚。
多いに悩めばいいんじゃないかな〜♪
頭おかしい人ってこういう人か
頭の悪い俺には全部中二病に見えるw
とんでもない桶屋式3段論法だな。
>真理とは疑いようのない確信であり真実である
>そして人間が死ぬという事は真理である
>だから自分が死ぬという事も真理である
>人生のゴールは死である
>つまり人は死ぬために生きているのである
>それが人生の目的であり真理である
もうこの前提の時点で個人的な見解を抜け出せてない。
確かに人はみんな死ぬしそれは心理だが、それが人生の目的であるとは限らない。
死の絶望感を誤魔化す為に人の構造をこじつけてるだけでしかない。
人生が無意味だと感じるならば、それは>>1がそう感じてるだけだ。
人類全体がそんな情けない感覚してると思ってんじゃねぇ。
>真理とは疑いようのない確信であり真実である
>そして人間が死ぬという事は真理である
>だから自分が死ぬという事も真理である
>人生のゴールは死である
>つまり人は死ぬために生きているのである
>それが人生の目的であり真理である
もうこの前提の時点で個人的な見解を抜け出せてない。
確かに人はみんな死ぬしそれは心理だが、それが人生の目的であるとは限らない。
死の絶望感を誤魔化す為に人の構造をこじつけてるだけでしかない。
人生が無意味だと感じるならば、それは>>1がそう感じてるだけだ。
人類全体がそんな情けない感覚してると思ってんじゃねぇ。
死んだら何もなくなるのってのが真理なら、
人生の真理について考えても無意味なのにね。
自分の頭の中にしか真理なんて存在し得ないんだから
自分が満足できる目的を自分で持って生きて、
最後は「これが幸せだ」と思う死に方すればいいだけの話なのに。
馬鹿みたい。
人生の真理について考えても無意味なのにね。
自分の頭の中にしか真理なんて存在し得ないんだから
自分が満足できる目的を自分で持って生きて、
最後は「これが幸せだ」と思う死に方すればいいだけの話なのに。
馬鹿みたい。
とんでもない桶屋式3段論法だな。
>真理とは疑いようのない確信であり真実である
>そして人間が死ぬという事は真理である
>だから自分が死ぬという事も真理である
>人生のゴールは死である
>つまり人は死ぬために生きているのである
>それが人生の目的であり真理である
もうこの前提の時点で個人的な見解を抜け出せてない。
確かに人はみんな死ぬしそれは心理だが、それが人生の目的であるとは限らない。
死の絶望感を誤魔化す為に人の構造をこじつけてるだけでしかない。
人生が無意味だと感じるならば、それは>>1がそう感じてるだけだ。
人類全体がそんな情けない感覚してると思ってんじゃねぇ
>真理とは疑いようのない確信であり真実である
>そして人間が死ぬという事は真理である
>だから自分が死ぬという事も真理である
>人生のゴールは死である
>つまり人は死ぬために生きているのである
>それが人生の目的であり真理である
もうこの前提の時点で個人的な見解を抜け出せてない。
確かに人はみんな死ぬしそれは心理だが、それが人生の目的であるとは限らない。
死の絶望感を誤魔化す為に人の構造をこじつけてるだけでしかない。
人生が無意味だと感じるならば、それは>>1がそう感じてるだけだ。
人類全体がそんな情けない感覚してると思ってんじゃねぇ
「寿命は後世に自分の子孫を残す溜めの猶予期間だ」ってカタナ持った元大統領が言ってたよ。
コメントがカス過ぎて吹いた
数周まわって厨2病
「寿命は後世に自分の子孫を残す溜めの猶予期間だ」ってカタナ持った元大統領が言ってたよ。
こういうのはたまに考えると面白いな。
実用的じゃないからしょっちゅう考えてるわけにもいかないけど。
実用的じゃないからしょっちゅう考えてるわけにもいかないけど。
こういうのはたまに考えると面白い。
実用的じゃないからしょっちゅう考えてるわけにもいかないけど。
実用的じゃないからしょっちゅう考えてるわけにもいかないけど。
こいつはまだ一周もまわってないよ
こういうのはたまに考えると面白い。
実用的じゃないからしょっちゅう考えてるわけにもいかないけど。
実用的じゃないからしょっちゅう考えてるわけにもいかないけど。
こいつはまだ一周もまわってないよ
とんでもない桶屋式3段論法だな。
>真理とは疑いようのない確信であり真実である
>そして人間が死ぬという事は真理である
>だから自分が死ぬという事も真理である
>人生のゴールは死である
>つまり人は死ぬために生きているのである
>それが人生の目的であり真理である
もうこの前提の時点で個人的な見解を抜け出せてない。
確かに人はみんな死ぬしそれは心理だが、それが人生の目的であるとは限らない。
死の絶望感を誤魔化す為に人の構造をこじつけてるだけでしかない。
人生が無意味だと感じるならば、それは>>1がそう感じてるだけだ。
人類全体がそんな情けない感覚してると思ってんじゃねぇ
>真理とは疑いようのない確信であり真実である
>そして人間が死ぬという事は真理である
>だから自分が死ぬという事も真理である
>人生のゴールは死である
>つまり人は死ぬために生きているのである
>それが人生の目的であり真理である
もうこの前提の時点で個人的な見解を抜け出せてない。
確かに人はみんな死ぬしそれは心理だが、それが人生の目的であるとは限らない。
死の絶望感を誤魔化す為に人の構造をこじつけてるだけでしかない。
人生が無意味だと感じるならば、それは>>1がそう感じてるだけだ。
人類全体がそんな情けない感覚してると思ってんじゃねぇ
死が目的なら生きてくる意味がないじゃない。
最初から死んでいたほうがいいし。
子孫を残すのは最終目的ではないと思う。
子孫を残すのはあくまで目標の1つ。
目的とは自分が本当にやりたいこと。
つまり、自分がやりたいことを仕事にすることだと思う。
最初から死んでいたほうがいいし。
子孫を残すのは最終目的ではないと思う。
子孫を残すのはあくまで目標の1つ。
目的とは自分が本当にやりたいこと。
つまり、自分がやりたいことを仕事にすることだと思う。
結果が目的なわけじゃないだろ
当然結果が心理でもない
あほか
当然結果が心理でもない
あほか
「この世の真理はあるかもしれないが、実際には人間はそれにアクセスできない」ってばっちゃが言ってた。
死は逃れようのない運命・結果ではあるが目標・目的ではないだろ。
目標・目的・望まなかろうが死は訪れる。
そんな誰でも簡単に達成出来るものを目標・目的にしたって仕方がない。
物ぐさの言い訳でしかない。
目標・目的・望まなかろうが死は訪れる。
そんな誰でも簡単に達成出来るものを目標・目的にしたって仕方がない。
物ぐさの言い訳でしかない。
>1010
カスは吹いてOKや。もう帰れ
カスは吹いてOKや。もう帰れ
ゴール≠目的
例えば犬を散歩に連れていくときゴールは自宅だが
自宅にいくことが目的じゃない
散歩をしたいの
例えば犬を散歩に連れていくときゴールは自宅だが
自宅にいくことが目的じゃない
散歩をしたいの
厨二病爆発スレだなwwww
そんな事人それぞれ考えたって無駄よ
そんな事人それぞれ考えたって無駄よ
米欄がいろいろと壊れてる
とんでもない桶屋式3段論法だな。
>真理とは疑いようのない確信であり真実である
>そして人間が死ぬという事は真理である
>だから自分が死ぬという事も真理である
>人生のゴールは死である
>つまり人は死ぬために生きているのである
>それが人生の目的であり真理である
もうこの前提の時点で個人的な見解を抜け出せてない。
確かに人はみんな死ぬしそれは心理だが、それが人生の目的であるとは限らない。
死の絶望感を誤魔化す為に人の構造をこじつけてるだけでしかない。
人生が無意味だと感じるならば、それは>>1がそう感じてるだけだ。
人類全体がそんな情けない感覚してると思ってんじゃねぇ
>真理とは疑いようのない確信であり真実である
>そして人間が死ぬという事は真理である
>だから自分が死ぬという事も真理である
>人生のゴールは死である
>つまり人は死ぬために生きているのである
>それが人生の目的であり真理である
もうこの前提の時点で個人的な見解を抜け出せてない。
確かに人はみんな死ぬしそれは心理だが、それが人生の目的であるとは限らない。
死の絶望感を誤魔化す為に人の構造をこじつけてるだけでしかない。
人生が無意味だと感じるならば、それは>>1がそう感じてるだけだ。
人類全体がそんな情けない感覚してると思ってんじゃねぇ
なんか、すごいマジメな人なんだな
それでいてすごい打算的だと思うのは俺だけだろうか
絶対のもの以外に意味はない、なんて傲慢な考えを、体系付けられた法則の中で持つならともかく
前提からして全く違うそれぞれの人生について適用しようとする事自体がもう、破綻してるというかなんというか。
それでいてすごい打算的だと思うのは俺だけだろうか
絶対のもの以外に意味はない、なんて傲慢な考えを、体系付けられた法則の中で持つならともかく
前提からして全く違うそれぞれの人生について適用しようとする事自体がもう、破綻してるというかなんというか。
長すぎて読む気しないん(´・ω・`)
中田英寿がまたバカなこと言ったのかと期待してたのに
1の話は理論的につながってないなw
要素どおしのリンクが細切れになってる
接続詞でごまかさずに間を埋める努力をしないとな
ごまかさず考え抜くことが哲学の王道也
要素どおしのリンクが細切れになってる
接続詞でごまかさずに間を埋める努力をしないとな
ごまかさず考え抜くことが哲学の王道也
ねらーが真理とか言ってんじゃねーよ
こういう考えの奴って必ず自分だけは例外に置くんだよなw
そして例文が長すぎ、しかも同じようなことを何度も表現を変えて書く。
読む気がおきんwww
死は結果だろ。
死ぬために生きてるんじゃない。
生きるために生きてその結果死ぬ。
シンプルに考えろよシンプルにw
そして例文が長すぎ、しかも同じようなことを何度も表現を変えて書く。
読む気がおきんwww
死は結果だろ。
死ぬために生きてるんじゃない。
生きるために生きてその結果死ぬ。
シンプルに考えろよシンプルにw
これは馬鹿馬鹿しい。食べて寝てうんこしてりゃ十分じゃん。
やれば直ぐに結果が出るのにやろうとしない奴だな
過程が無価値なら結果にたどり着くまで、自分からもう何も考えず何も行わずに時計の歯車の如く生きてれば良いじゃん
ただ単に、こいつは自分の考えに共感してくれる人か押し付ける人を探してるだけだろ
過程が無価値なら結果にたどり着くまで、自分からもう何も考えず何も行わずに時計の歯車の如く生きてれば良いじゃん
ただ単に、こいつは自分の考えに共感してくれる人か押し付ける人を探してるだけだろ
打算つーか自己中だろ
自分の思想しか頭にない
どうでもいいけどエラー頻発+反映遅いで多重投稿多すぎ
自分の思想しか頭にない
どうでもいいけどエラー頻発+反映遅いで多重投稿多すぎ
そもそも死ぬ事は絶対であるって時点からしておかしいんじゃないか?
真理的には
死は病気の一つでしかないと思うんだが
医療さえ進歩すれば200歳でも生きる事は出来るようになる
細胞の老化がそもそもの原因なのだから、細胞さえ老化しなければ
人間は永遠に生き続ける事が出来る
真理的には
死は病気の一つでしかないと思うんだが
医療さえ進歩すれば200歳でも生きる事は出来るようになる
細胞の老化がそもそもの原因なのだから、細胞さえ老化しなければ
人間は永遠に生き続ける事が出来る
こういう考えの奴って必ず自分だけは例外に置くんだよなw
そして例文が長すぎ、しかも同じようなことを何度も表現を変えて書く。
読む気がおきんwww
死は結果だろ。
死ぬために生きてるんじゃない。
生きるために生きてその結果死ぬ。
シンプルに考えろよシンプルにw
そして例文が長すぎ、しかも同じようなことを何度も表現を変えて書く。
読む気がおきんwww
死は結果だろ。
死ぬために生きてるんじゃない。
生きるために生きてその結果死ぬ。
シンプルに考えろよシンプルにw
※欄が楽しすぎる
打算つーか自己中だろ
自分の思想しか頭にない
どうでもいいけどエラー頻発+反映遅いで多重投稿多すぎ
自分の思想しか頭にない
どうでもいいけどエラー頻発+反映遅いで多重投稿多すぎ
化学屋の自分から言わせて貰うと
「生きる」という事にも様々な認識がある
ドーキンスなら、人間は化学反応の連鎖によって遺伝子を次代に伝えるたんぱく質のロボットだとでもいいそうだ
この場合生きる目的は「遺伝子を次代に伝える」となるわけだ
人は死ぬ=死が目的というが、視野を広げて見れば地球上に発生した生命は全て種を洗練させる為に固体としての死を選択したと言えるだろうな
勿論この場合の「選択」には固体のしての意思は関係無い
「生きる」という事にも様々な認識がある
ドーキンスなら、人間は化学反応の連鎖によって遺伝子を次代に伝えるたんぱく質のロボットだとでもいいそうだ
この場合生きる目的は「遺伝子を次代に伝える」となるわけだ
人は死ぬ=死が目的というが、視野を広げて見れば地球上に発生した生命は全て種を洗練させる為に固体としての死を選択したと言えるだろうな
勿論この場合の「選択」には固体のしての意思は関係無い
打算つーか自己中だろ
自分の思想しか頭にない
どうでもいいけどエラー頻発+反映遅いで多重投稿多すぎ
自分の思想しか頭にない
どうでもいいけどエラー頻発+反映遅いで多重投稿多すぎ
目的は生きることであって、死は結果でしかない。
打算つーか自己中だろ
自分の思想しか頭にない
どうでもいいけどエラー頻発+反映遅いで多重投稿多すぎ
自分の思想しか頭にない
どうでもいいけどエラー頻発+反映遅いで多重投稿多すぎ
目的は生きることであって、死は結果でしかない。
42でもいってるけど、
>人間が死ぬという事は真理である
の部分が証明されてない気がするのだが…
>人間が死ぬという事は真理である
の部分が証明されてない気がするのだが…
目的は生きることであって、死は結果でしかない。
42でもいってるけど、
>人間が死ぬという事は真理である
の部分が証明されてない気がするのだが…
>人間が死ぬという事は真理である
の部分が証明されてない気がするのだが…
化学屋の自分から言わせて貰うと
「生きる」という事にも様々な認識がある
ドーキンスなら、人間は化学反応の連鎖によって遺伝子を次代に伝えるたんぱく質のロボットだとでもいいそうだ
この場合生きる目的は「遺伝子を次代に伝える」となるわけだ
人は死ぬ=死が目的というが、視野を広げて見れば地球上に発生した生命は全て種を洗練させる為に固体としての死を選択したと言えるだろうな
勿論この場合の「選択」には固体のしての意思は関係無い
「生きる」という事にも様々な認識がある
ドーキンスなら、人間は化学反応の連鎖によって遺伝子を次代に伝えるたんぱく質のロボットだとでもいいそうだ
この場合生きる目的は「遺伝子を次代に伝える」となるわけだ
人は死ぬ=死が目的というが、視野を広げて見れば地球上に発生した生命は全て種を洗練させる為に固体としての死を選択したと言えるだろうな
勿論この場合の「選択」には固体のしての意思は関係無い
こういう考えの奴って必ず自分だけは例外に置くんだよなw
そして例文が長すぎ、しかも同じようなことを何度も表現を変えて書く。
読む気がおきんwww
死は結果だろ。
死ぬために生きてるんじゃない。
生きるために生きてその結果死ぬ。
シンプルに考えろよシンプルにw
そして例文が長すぎ、しかも同じようなことを何度も表現を変えて書く。
読む気がおきんwww
死は結果だろ。
死ぬために生きてるんじゃない。
生きるために生きてその結果死ぬ。
シンプルに考えろよシンプルにw
42でもいってるけど、
>人間が死ぬという事は真理である
の部分が証明されてない気がするのだが…
>人間が死ぬという事は真理である
の部分が証明されてない気がするのだが…
こういう考えの奴って必ず自分だけは例外に置くんだよなw
そして例文が長すぎ、しかも同じようなことを何度も表現を変えて書く。
読む気がおきんwww
死は結果だろ。
死ぬために生きてるんじゃない。
生きるために生きてその結果死ぬ。
シンプルに考えろよシンプルにw
そして例文が長すぎ、しかも同じようなことを何度も表現を変えて書く。
読む気がおきんwww
死は結果だろ。
死ぬために生きてるんじゃない。
生きるために生きてその結果死ぬ。
シンプルに考えろよシンプルにw
化学屋の自分から言わせて貰うと
「生きる」という事にも様々な認識がある
ドーキンスなら、人間は化学反応の連鎖によって遺伝子を次代に伝えるたんぱく質のロボットだとでもいいそうだ
この場合生きる目的は「遺伝子を次代に伝える」となるわけだ
人は死ぬ=死が目的というが、視野を広げて見れば地球上に発生した生命は全て種を洗練させる為に固体としての死を選択したと言えるだろうな
勿論この場合の「選択」には固体のしての意思は関係無い
「生きる」という事にも様々な認識がある
ドーキンスなら、人間は化学反応の連鎖によって遺伝子を次代に伝えるたんぱく質のロボットだとでもいいそうだ
この場合生きる目的は「遺伝子を次代に伝える」となるわけだ
人は死ぬ=死が目的というが、視野を広げて見れば地球上に発生した生命は全て種を洗練させる為に固体としての死を選択したと言えるだろうな
勿論この場合の「選択」には固体のしての意思は関係無い
42でもいってるけど、
>人間が死ぬという事は真理である
の部分が証明されてない気がするのだが…
>人間が死ぬという事は真理である
の部分が証明されてない気がするのだが…
化学屋の自分から言わせて貰うと「生きる」という事にも様々な認識がある
ドーキンスなら、人間は化学反応の連鎖によって遺伝子を次代に伝えるたんぱく質のロボットだとでもいいそうだ
この場合生きる目的は「遺伝子を次代に伝える」となるわけだ
人は死ぬ=死が目的というが、視野を広げて見れば地球上に発生した生命は全て種を洗練させる為に固体としての死を選択したのではないだろうか
勿論この場合の「選択」には固体のしての意思は関係無い
ドーキンスなら、人間は化学反応の連鎖によって遺伝子を次代に伝えるたんぱく質のロボットだとでもいいそうだ
この場合生きる目的は「遺伝子を次代に伝える」となるわけだ
人は死ぬ=死が目的というが、視野を広げて見れば地球上に発生した生命は全て種を洗練させる為に固体としての死を選択したのではないだろうか
勿論この場合の「選択」には固体のしての意思は関係無い
つ「そして明日の世界より――」
誕生と死は一直線上に存在できるが、生きる事と死は同じ線上にたった概念ではないね。
死自体は認識できない。
>>1は生きる事に目的を求めているわけで「いつか死ぬ事は真理」というのは>>1には無駄な概念だ。
そこに意思の介入が出来ない時間的制約を感じているだけなので、時間的制約に左右されない目的とは何なのかを考えたほうがまだ面白い。
まぁ昔の偉い人やそうで無い人も、いろいろ答えを出しているけどね。
それと主観と客観というのは最近のトレンドじゃないね。
死自体は認識できない。
>>1は生きる事に目的を求めているわけで「いつか死ぬ事は真理」というのは>>1には無駄な概念だ。
そこに意思の介入が出来ない時間的制約を感じているだけなので、時間的制約に左右されない目的とは何なのかを考えたほうがまだ面白い。
まぁ昔の偉い人やそうで無い人も、いろいろ答えを出しているけどね。
それと主観と客観というのは最近のトレンドじゃないね。
圧倒的に5の方が論理的だな。
>>1の考えは色々と問題があるとは思うが
人生とは何だ、死とは何だ、目的とは何だ、って考えること自体を中二病だって言い切るのはどうかと思うよ
打算でもいいから現実的に考えられないようじゃ空っぽな人になってしまう
人生とは何だ、死とは何だ、目的とは何だ、って考えること自体を中二病だって言い切るのはどうかと思うよ
打算でもいいから現実的に考えられないようじゃ空っぽな人になってしまう
死は一つの過程に過ぎないんじゃないかな。
シルバーバーチの霊訓ってのに死や死後の世界について等色々なことが書いてあっておもしろいよ。一度読んで見ることをオススメする。
シルバーバーチの霊訓ってのに死や死後の世界について等色々なことが書いてあっておもしろいよ。一度読んで見ることをオススメする。
それがどうした
まぁ、俺は永遠に生きるけどね!
俺は永遠に生きるけどね!
言わんとする事が分からなくはないが真理ちゃんキモチ悪いわw
途中から阿部さんスレになると思ったのに・・・
なんにせよ死んじゃうのは確実なんだし、過程を楽しめばいいじゃないか
好きなように使っていいと100万円渡されたとする
旅行にいったり、ゲームを買ったり、映画を見たり、高いステーキを食べたり。
人によっては実にさまざまな使い方があるだろう。
さまざまな楽しみ方があるだろう。
なぜならそれは千差万別、人それぞれの意思が介入するからである。
だがしかし、使うたびにお金は減っていき、最終的にはなくなる。
ここで私が言いたいのは、なくなるのは結果であり、決してなくすことが目的ではない、ということだ。
これを人生に置き換えるなら、生まれたときには無限の可能性が示唆されている。
使い方は人それぞれであり、生き方、楽しみ方も人それぞれである。
その中で同じ楽しみ方や生き方をする人たちが集まり、仲間となり、夫婦となり、家族となることもあるだろう。
死は結果であるかもしれない。しかしそれが目的になるかというとまた別な話になるのだ。
旅行にいったり、ゲームを買ったり、映画を見たり、高いステーキを食べたり。
人によっては実にさまざまな使い方があるだろう。
さまざまな楽しみ方があるだろう。
なぜならそれは千差万別、人それぞれの意思が介入するからである。
だがしかし、使うたびにお金は減っていき、最終的にはなくなる。
ここで私が言いたいのは、なくなるのは結果であり、決してなくすことが目的ではない、ということだ。
これを人生に置き換えるなら、生まれたときには無限の可能性が示唆されている。
使い方は人それぞれであり、生き方、楽しみ方も人それぞれである。
その中で同じ楽しみ方や生き方をする人たちが集まり、仲間となり、夫婦となり、家族となることもあるだろう。
死は結果であるかもしれない。しかしそれが目的になるかというとまた別な話になるのだ。
>>1みたいなのはなおるよスレにでも行けってんだw
死は真理ではない。死は進化の過程で生じた機能の一つに過ぎない。
生命は周囲の環境の変化に合わせながら常にバージョンアップ(進化)を繰り返している。資源の限られたこの世界においては旧バージョンの存在は資源の無駄遣いでしかない。だから旧バージョンである生命は死んで新バージョンの材料となり、新バージョンの個体数を増やした方が新バージョンの生存率が上がる。そのような進化を繰り返した結果、「個体としての死の機能」を備えた種の方が不老の種よりも種としての生存率が上がり、不老の種を駆逐した(不老の種は個体としては有利かも知れないが、急激な環境の変化などによる影響を受けやすく種としては脆弱である)。これは生物学の常識の一つであり、哲学以前の問題である。>>1は無駄に悩む前にもっと勉強したほうがいい。「馬鹿の考え、休むに似たる」。
生命は周囲の環境の変化に合わせながら常にバージョンアップ(進化)を繰り返している。資源の限られたこの世界においては旧バージョンの存在は資源の無駄遣いでしかない。だから旧バージョンである生命は死んで新バージョンの材料となり、新バージョンの個体数を増やした方が新バージョンの生存率が上がる。そのような進化を繰り返した結果、「個体としての死の機能」を備えた種の方が不老の種よりも種としての生存率が上がり、不老の種を駆逐した(不老の種は個体としては有利かも知れないが、急激な環境の変化などによる影響を受けやすく種としては脆弱である)。これは生物学の常識の一つであり、哲学以前の問題である。>>1は無駄に悩む前にもっと勉強したほうがいい。「馬鹿の考え、休むに似たる」。
言わんとしてる事が分からなくは無いが真理ちゃんキモチ悪いわw
>>1みたいなのはなおるよスレにでも行けってんだw
命の誕生から死に向かって歩いているのは分かるが、
人生は学びの場であり、その先に死というゴールがあるのであって人生の目的が死だとはまったく思わない。人生の目的が死だけだというのならそれまでの歩みは何の価値も意味もなさない。無味無臭の世界。生命の誕生から生きるという事自体意味が無くなる。
死ぬは怖くないがそこに至るまでの経過が怖い。
今まで経験したことの無いような苦痛や恐怖の中での死が、
自分に訪れないとは言い切れない。それを考えると得体の知れない恐怖は感じているのだけれど。
皆死んで逝く中での永遠の命もまた怖い。
人生は学びの場であり、その先に死というゴールがあるのであって人生の目的が死だとはまったく思わない。人生の目的が死だけだというのならそれまでの歩みは何の価値も意味もなさない。無味無臭の世界。生命の誕生から生きるという事自体意味が無くなる。
死ぬは怖くないがそこに至るまでの経過が怖い。
今まで経験したことの無いような苦痛や恐怖の中での死が、
自分に訪れないとは言い切れない。それを考えると得体の知れない恐怖は感じているのだけれど。
皆死んで逝く中での永遠の命もまた怖い。
生きるのになんで目的が必要なんだろう・・・。
リロっただけで連投になるとかorz
自分の考えていることが正しいと思いたいんだね。
リロっただけで連投になるとかorz
途中から阿部さんスレになると思ったのに・・・
好きなように使っていいと100万円渡されたとする
旅行にいったり、ゲームを買ったり、映画を見たり、高いステーキを食べたり。
人によっては実にさまざまな使い方があるだろう。
さまざまな楽しみ方があるだろう。
なぜならそれは千差万別、人それぞれの意思が介入するからである。
だがしかし、使うたびにお金は減っていき、最終的にはなくなる。
ここで私が言いたいのは、なくなるのは結果であり、決してなくすことが目的ではない、ということだ。
これを人生に置き換えるなら、生まれたときには無限の可能性が示唆されている。
使い方は人それぞれであり、生き方、楽しみ方も人それぞれである。
その中で同じ楽しみ方や生き方をする人たちが集まり、仲間となり、夫婦となり、家族となることもあるだろう。
死は結果であるかもしれない。しかしそれが目的になるかというとまた別な話になるのだ。
旅行にいったり、ゲームを買ったり、映画を見たり、高いステーキを食べたり。
人によっては実にさまざまな使い方があるだろう。
さまざまな楽しみ方があるだろう。
なぜならそれは千差万別、人それぞれの意思が介入するからである。
だがしかし、使うたびにお金は減っていき、最終的にはなくなる。
ここで私が言いたいのは、なくなるのは結果であり、決してなくすことが目的ではない、ということだ。
これを人生に置き換えるなら、生まれたときには無限の可能性が示唆されている。
使い方は人それぞれであり、生き方、楽しみ方も人それぞれである。
その中で同じ楽しみ方や生き方をする人たちが集まり、仲間となり、夫婦となり、家族となることもあるだろう。
死は結果であるかもしれない。しかしそれが目的になるかというとまた別な話になるのだ。
哲学徒ってのは大体は馬鹿なんだよな。
普通に生活するうえで誰も気に留めないこと、もしくは受け入れられるものに対して粘着しまくるわけだ。
「何で」
「どうして」
まるで言葉を覚えたての子供みたいな感じ。
でも、そこから科学が発生したんだよな。
哲学がロゴスでこの世を解明しようとするなら、科学は数式で解明しようとしているだけの違い。
馬鹿馬鹿しいと思われる鈍臭い仮説が、何人ものハンマーで叩かれることによって鋭利な刃物になることなんて、哲学や科学では当たり前のように起こる。
だから、こうやって真面目に応答出来る人たちは羨ましい。
と、この世に疑問を見出せない俺は思う。
普通に生活するうえで誰も気に留めないこと、もしくは受け入れられるものに対して粘着しまくるわけだ。
「何で」
「どうして」
まるで言葉を覚えたての子供みたいな感じ。
でも、そこから科学が発生したんだよな。
哲学がロゴスでこの世を解明しようとするなら、科学は数式で解明しようとしているだけの違い。
馬鹿馬鹿しいと思われる鈍臭い仮説が、何人ものハンマーで叩かれることによって鋭利な刃物になることなんて、哲学や科学では当たり前のように起こる。
だから、こうやって真面目に応答出来る人たちは羨ましい。
と、この世に疑問を見出せない俺は思う。
死が目的なら生命は生まれる必要がなかったわけだし、
生まれた以上は生まれてから何かをすることが目的か、もしくは生まれること自体が目的なんだろう
死は目的達成後の結果に過ぎないか、あるいは目的の一部だろう
生まれた以上は生まれてから何かをすることが目的か、もしくは生まれること自体が目的なんだろう
死は目的達成後の結果に過ぎないか、あるいは目的の一部だろう
「ありえない」って言葉を軽々しく使うなよ……。
哲学徒ってのは大体は馬鹿なんだよな。
普通に生活するうえで誰も気に留めないこと、もしくは受け入れられるものに対して粘着しまくるわけだ。
「何で」
「どうして」
まるで言葉を覚えたての子供みたいな感じ。
でも、そこから科学が発生したんだよな。
哲学がロゴスでこの世を解明しようとするなら、科学は数式で解明しようとしているだけの違い。
馬鹿馬鹿しいと思われる鈍臭い仮説が、何人ものハンマーで叩かれることによって鋭利な刃物になることなんて、哲学や科学では当たり前のように起こる。
だから、こうやって真面目に応答出来る人たちは羨ましい。
と、この世に疑問を見出せない俺は思う。
普通に生活するうえで誰も気に留めないこと、もしくは受け入れられるものに対して粘着しまくるわけだ。
「何で」
「どうして」
まるで言葉を覚えたての子供みたいな感じ。
でも、そこから科学が発生したんだよな。
哲学がロゴスでこの世を解明しようとするなら、科学は数式で解明しようとしているだけの違い。
馬鹿馬鹿しいと思われる鈍臭い仮説が、何人ものハンマーで叩かれることによって鋭利な刃物になることなんて、哲学や科学では当たり前のように起こる。
だから、こうやって真面目に応答出来る人たちは羨ましい。
と、この世に疑問を見出せない俺は思う。
米欄が暴発しすぎで吹いたwww
個人的には、真理だろうがそうでなかろうが、自身の幸せのために生きる事が大事だと思うんだがな。
まぁ、>1にとっては「真理のために生きる(この場合は死ぬが)」事が「幸せ」なんだろうな。
個人的には、真理だろうがそうでなかろうが、自身の幸せのために生きる事が大事だと思うんだがな。
まぁ、>1にとっては「真理のために生きる(この場合は死ぬが)」事が「幸せ」なんだろうな。
こういう記事の時って必ず「俺理系だからwwww」って奴が沸くよな。
醜い。
醜い。
※1083
そういう考え方でいいと思う。
ぶっちゃけいうとこの世のすべての考え方や思想は人間が考え出したものでしかありえない。
「目的」っていう概念だってそう。人間、もしくはそれ以外の人間並みの高等な知能持った生物が作り出したものだよ。
宇宙を含むすべてのものはただの「物理的な事象」でしかありえない。
そう、ただの物理的な物事だよ。
「真理」やらなんやらとかもう「思想」自体が人間のみが狭い範囲で共有しているものであって、人間がいなくなれば消滅する。もともとは「無でしかないもの」に無理やり理由や目的を見出してるんだ。そんなもの深く考えても人類の自己満足でしかない。
だから深く考えずに楽しく生きられればそれでいいんだよ。
そういう考え方でいいと思う。
ぶっちゃけいうとこの世のすべての考え方や思想は人間が考え出したものでしかありえない。
「目的」っていう概念だってそう。人間、もしくはそれ以外の人間並みの高等な知能持った生物が作り出したものだよ。
宇宙を含むすべてのものはただの「物理的な事象」でしかありえない。
そう、ただの物理的な物事だよ。
「真理」やらなんやらとかもう「思想」自体が人間のみが狭い範囲で共有しているものであって、人間がいなくなれば消滅する。もともとは「無でしかないもの」に無理やり理由や目的を見出してるんだ。そんなもの深く考えても人類の自己満足でしかない。
だから深く考えずに楽しく生きられればそれでいいんだよ。
※1083
そういう考え方でいいと思う。
ぶっちゃけいうとこの世のすべての考え方や思想は人間が考え出したものでしかありえない。
「目的」っていう概念だってそう。人間、もしくはそれ以外の人間並みの高等な知能持った生物が作り出したものだよ。
宇宙を含むすべてのものはただの「物理的な事象」でしかありえない。
そう、ただの物理的な物事だよ。
「真理」やらなんやらとかもう「思想」自体が人間のみが狭い範囲で共有しているものであって、人間がいなくなれば消滅する。もともとは「無でしかないもの」に無理やり理由や目的を見出してるんだ。そんなもの深く考えても人類の自己満足でしかない。
だから深く考えずに楽しく生きられればそれでいいんだよ。
そういう考え方でいいと思う。
ぶっちゃけいうとこの世のすべての考え方や思想は人間が考え出したものでしかありえない。
「目的」っていう概念だってそう。人間、もしくはそれ以外の人間並みの高等な知能持った生物が作り出したものだよ。
宇宙を含むすべてのものはただの「物理的な事象」でしかありえない。
そう、ただの物理的な物事だよ。
「真理」やらなんやらとかもう「思想」自体が人間のみが狭い範囲で共有しているものであって、人間がいなくなれば消滅する。もともとは「無でしかないもの」に無理やり理由や目的を見出してるんだ。そんなもの深く考えても人類の自己満足でしかない。
だから深く考えずに楽しく生きられればそれでいいんだよ。
目的は叶う?目的=達成 達成することが目的なのか?
「死」誰にでも必ず訪れるので人生の目的には当てはまらない。目的は必ず達成するとは限らない。
「死」誰にでも必ず訪れるので人生の目的には当てはまらない。目的は必ず達成するとは限らない。
独りよがりの堂々巡り。
これに尽きるな
しかも多数が指摘しているように結果と目的を混同している。
飯を食うのは身体を維持し活動するエネルギーを得るためであって
ウンコを出すためではない。
人生の真理を究明する前に
まずその辺の区別を明確にする事だ。
途中から読み流したけど・・・
これに尽きるな
しかも多数が指摘しているように結果と目的を混同している。
飯を食うのは身体を維持し活動するエネルギーを得るためであって
ウンコを出すためではない。
人生の真理を究明する前に
まずその辺の区別を明確にする事だ。
途中から読み流したけど・・・
哲学って仮に〜とかもし〜とかは無しなのか?
誰かモゼイクがなんなのか教えてくれないか
誰かモゼイクがなんなのか教えてくれないか
そんなこと考えてないでケーキでもくってモフモフしとけ
理屈よりも目の前のケーキだ
理屈よりも目の前のケーキだ
※1083
そういう考え方でいいと思う。
ぶっちゃけいうとこの世のすべての考え方や思想は人間が考え出したものでしかありえない。
「目的」っていう概念だってそう。人間、もしくはそれ以外の人間並みの高等な知能持った生物が作り出したものだよ。
宇宙を含むすべてのものはただの「物理的な事象」でしかありえない。
そう、ただの物理的な物事だよ。
「真理」やらなんやらとかもう「思想」自体が人間のみが狭い範囲で共有しているものであって、人間がいなくなれば消滅する。もともとは「無でしかないもの」に無理やり理由や目的を見出してるんだ。そんなもの深く考えても人類の自己満足でしかない。
だから深く考えずに楽しく生きられればそれでいいんだよ。
そういう考え方でいいと思う。
ぶっちゃけいうとこの世のすべての考え方や思想は人間が考え出したものでしかありえない。
「目的」っていう概念だってそう。人間、もしくはそれ以外の人間並みの高等な知能持った生物が作り出したものだよ。
宇宙を含むすべてのものはただの「物理的な事象」でしかありえない。
そう、ただの物理的な物事だよ。
「真理」やらなんやらとかもう「思想」自体が人間のみが狭い範囲で共有しているものであって、人間がいなくなれば消滅する。もともとは「無でしかないもの」に無理やり理由や目的を見出してるんだ。そんなもの深く考えても人類の自己満足でしかない。
だから深く考えずに楽しく生きられればそれでいいんだよ。
「いつ死ぬかわからない」
そこが不足している。
だから空虚。
なぜ気づかない。
そこが不足している。
だから空虚。
なぜ気づかない。
↑空虚は議論が空虚に感じられるってことです。
死ぬために生きるんじゃない。
生きるために死ぬんだ。
種として生き残るために。
生きるために死ぬんだ。
種として生き残るために。
すべてただの記録なの
時間とか肉体とかに大した意味は無いの
時間とか肉体とかに大した意味は無いの
逆に考えるんだ
まりちゃんは「真理=死」を否定して欲しかったんだと
まりちゃんは「真理=死」を否定して欲しかったんだと
情報が少なすぎて明確な解が出せない
1の論理が破綻している
個人の価値観次第で複数解が在り得る
この3つのうちどれか1つでも当てはまる記事の米欄は無駄に伸びる傾向がある。
1の論理が破綻している
個人の価値観次第で複数解が在り得る
この3つのうちどれか1つでも当てはまる記事の米欄は無駄に伸びる傾向がある。
情報が少なすぎて明確な解が出せない
1の論理が破綻している
個人の価値観次第で複数解が在り得る
この3つのうちどれか1つでも当てはまる記事の米欄は無駄に伸びる傾向がある。
1の論理が破綻している
個人の価値観次第で複数解が在り得る
この3つのうちどれか1つでも当てはまる記事の米欄は無駄に伸びる傾向がある。
長すぎて読めん……
死ぬのが怖い、だから目標を死に設定することで
恐怖を無くそうとしてる。
という風に見えなくもなくなくなくない気がしたんだが
死ぬのが怖い、だから目標を死に設定することで
恐怖を無くそうとしてる。
という風に見えなくもなくなくなくない気がしたんだが
長すぎてさっぱり読めん……
つまるところ、死ぬのが怖い
だから目的を死に設定することで恐怖を無くそうとしている
という風に見れないこともなくなくなくなくなくない気がしたんだが
つまるところ、死ぬのが怖い
だから目的を死に設定することで恐怖を無くそうとしている
という風に見れないこともなくなくなくなくなくない気がしたんだが
長すぎてさっぱり読めん……
つまるところ、死ぬのが怖い
だから目的を死に設定することで恐怖を無くそうとしている
という風に見れないこともなくなくなくなくなくない気がしたんだが
つまるところ、死ぬのが怖い
だから目的を死に設定することで恐怖を無くそうとしている
という風に見れないこともなくなくなくなくなくない気がしたんだが
長すぎてさっぱり読めん……
つまるところ、死ぬのが怖い
だから目的を死に設定することで恐怖を無くそうとしている
という風に見れないこともなくなくなくなくなくない気がしたんだが
つまるところ、死ぬのが怖い
だから目的を死に設定することで恐怖を無くそうとしている
という風に見れないこともなくなくなくなくなくない気がしたんだが
中二病が高じたものが哲学者、ということでよろしいか
長すぎてさっぱり読めん……
つまるところ、死ぬのが怖い
だから目的を死に設定することで恐怖を無くそうとしている
という風に見れないこともなくなくなくなくなくない気がしたんだが
つまるところ、死ぬのが怖い
だから目的を死に設定することで恐怖を無くそうとしている
という風に見れないこともなくなくなくなくなくない気がしたんだが
>>1は死の概念を崇高視し過ぎなんだよね
死なんてのは、万物は必ず壊れるという事実を人間にあてはめるときにだけ
わざわざ大袈裟にしてみただけのものに過ぎない
つまり死なんてただの言葉
限りなく客観的に見れば、人間が死ぬのも細胞が死ぬのも果実が腐るのも石が砕けるのも全部同じ事
ただ人間は果実と違って自ら快楽を求めたり色々な方法で新しいものを生み出したりできるんだから、意味のない事を考えるよりも素直にその恩恵をたまわってりゃいいんだよ
死なんてのは、万物は必ず壊れるという事実を人間にあてはめるときにだけ
わざわざ大袈裟にしてみただけのものに過ぎない
つまり死なんてただの言葉
限りなく客観的に見れば、人間が死ぬのも細胞が死ぬのも果実が腐るのも石が砕けるのも全部同じ事
ただ人間は果実と違って自ら快楽を求めたり色々な方法で新しいものを生み出したりできるんだから、意味のない事を考えるよりも素直にその恩恵をたまわってりゃいいんだよ
>>1は死の概念を崇高視し過ぎなんだよね
死なんてのは、万物は必ず壊れるという事実を人間にあてはめるときにだけ
わざわざ大袈裟にしてみただけのものに過ぎない
つまり死なんてただの言葉
限りなく客観的に見れば、人間が死ぬのも細胞が死ぬのも果実が腐るのも石が砕けるのも全部同じ事
ただ人間は果実と違って自ら快楽を求めたり色々な方法で新しいものを生み出したりできるんだから、意味のない事を考えるよりも素直にその恩恵をたまわってりゃいいんだよ
死なんてのは、万物は必ず壊れるという事実を人間にあてはめるときにだけ
わざわざ大袈裟にしてみただけのものに過ぎない
つまり死なんてただの言葉
限りなく客観的に見れば、人間が死ぬのも細胞が死ぬのも果実が腐るのも石が砕けるのも全部同じ事
ただ人間は果実と違って自ら快楽を求めたり色々な方法で新しいものを生み出したりできるんだから、意味のない事を考えるよりも素直にその恩恵をたまわってりゃいいんだよ
こういう議論するときは、まず単語の定義をしっかり定めて
司会進行役を用意しましょう
司会進行役を用意しましょう
生きられるのは今しかないのだから、今を生きましょう。
長すぎてさっぱり読めん……
つまるところ、死ぬのが怖い
だから目的を死に設定することで恐怖を無くそうとしている
という風に見れないこともなくなくなくなくなくない気がしたんだが
つまるところ、死ぬのが怖い
だから目的を死に設定することで恐怖を無くそうとしている
という風に見れないこともなくなくなくなくなくない気がしたんだが
常識とは、十八歳までに蓄積された偏見のコレクションである、って、エロい人が言ってた。
思考する一個体としての目的も、後付けであって真理にはなりえない、と思う。
視点がぶれまくってんだよ。
観察者(あるいは主体)は、遺伝子か? 神か? 地球生命体か? 阿頼耶識か?
でも、>1を否定する気にもなれない。
大2病でしたから。
思考する一個体としての目的も、後付けであって真理にはなりえない、と思う。
視点がぶれまくってんだよ。
観察者(あるいは主体)は、遺伝子か? 神か? 地球生命体か? 阿頼耶識か?
でも、>1を否定する気にもなれない。
大2病でしたから。
ハイデガーを知ったばかりの奴が勢いで立てたスレ
「きみはなぜ怖いんだ。ほんとうに勇気があるなら認めてしまうんだ。君が、いや僕たちが彼ら以下であるという事実を。彼らが豚なら、僕たちは豚以下だ。彼らが虫けらなら虫けら以下だ。豚以下、虫けら以下だからこそ、どうしようもなく観念で自分を正当化してしまう。それを認めてしまうんだ。」(『バイバイ、エンジェル』/笠井潔)
※1107
同意。
主体も観察者もぶれてる。
人間、遺伝子、地球(生命体)、阿頼耶識、神、それぞれ言い分があろうに。
常識とは、十八までに身につけた偏見のコレクションである。
っていうエロイ人も言ってるし、
思考する一個人の目的なんて、真理になんてなりえないよね。
でも、>1の大2病を否定する気になれない俺も元大2病。
同意。
主体も観察者もぶれてる。
人間、遺伝子、地球(生命体)、阿頼耶識、神、それぞれ言い分があろうに。
常識とは、十八までに身につけた偏見のコレクションである。
っていうエロイ人も言ってるし、
思考する一個人の目的なんて、真理になんてなりえないよね。
でも、>1の大2病を否定する気になれない俺も元大2病。
テツガク+クソガキ=テツガキ=>>1=日本疲労困憊作戦
まあ若いときにはいろいろ考えてればいいんじゃね?
今すぐ氏ねとかいうやつがいないことに安心した。
今すぐ氏ねとかいうやつがいないことに安心した。
「死」は必然。
「目的」なんて高等なモンじゃねぇよ。
「目的」なんて高等なモンじゃねぇよ。
まぁなんだ オナニーでもして悟りの境地にでも達すればアフォらしくなるわな
人間って「何か」を残すため生きてると思うんだよね
それが子孫だったり創作物だったり、名誉名声だったり…
それが子孫だったり創作物だったり、名誉名声だったり…
途中であからさまに議論をすり替えてんな
要するにカニバリズムやネクロフィリアは最高の愛というわけですね。
死は目的じゃなくて結果だろw
>>1021
人間が真理にアクセスできないのが本当なら、
それは真理ということになる。
どうやってばっちゃはその真理にアクセスできたの?
人間の認識可能な範囲外の世界を考えると
真理って言葉すら虚しく感じちゃう。
ニヒリズムは切ない。
人間が真理にアクセスできないのが本当なら、
それは真理ということになる。
どうやってばっちゃはその真理にアクセスできたの?
人間の認識可能な範囲外の世界を考えると
真理って言葉すら虚しく感じちゃう。
ニヒリズムは切ない。
今北産業といいたくなる
最後にくるものをただそれだけで重要視するのイクナイ(`・ω・´)
米欄連投しすぎだろ
米欄連投しすぎだろ
同じことをもっと賢い人が言えば、なかなか反論しにくい議論になる。
だから、諦めずにもっと考えを深めてください、と応援したいところだが、
>>1はあまりにも馬鹿すぎる。論理的手順を軽視する。他人の的確な指摘を理解しようとしない。
妄想こじらせて手前一人で勝手に死んでりゃ良いのに、
生きようとする本能を「自己欺瞞」なんて中傷して
2chで不特定多数に自分の考えを認めさせようとするのはなんでだろ?
一人で死ぬのが怖いのかしら?
だから、諦めずにもっと考えを深めてください、と応援したいところだが、
>>1はあまりにも馬鹿すぎる。論理的手順を軽視する。他人の的確な指摘を理解しようとしない。
妄想こじらせて手前一人で勝手に死んでりゃ良いのに、
生きようとする本能を「自己欺瞞」なんて中傷して
2chで不特定多数に自分の考えを認めさせようとするのはなんでだろ?
一人で死ぬのが怖いのかしら?
頭ごなしに否定する人がいない、寧ろ凄く優しさがあってお互いに尊重した上で、議論することが2chで可能だという事実に感動した。斜め読みだけど・・・
>>1が死の定義をして欲しかったな。
生の終焉と共に死が始まり死状態が続くのか、生状態の終局した瞬間を別名で死というのか。他、なんでもいいんだけど。
上記の場合、前者ならば死を発見できる(目的を果たせる)可能性はあるけど、後者は死を発見することなく(目的を達成したかどうか確認できないまま)終わっちゃうんじゃないかな?
死が目的ならば、死を絶対的不動の事実として主体が発見しない限り、死が目的には出来ないと思った。
>>1が死の定義をして欲しかったな。
生の終焉と共に死が始まり死状態が続くのか、生状態の終局した瞬間を別名で死というのか。他、なんでもいいんだけど。
上記の場合、前者ならば死を発見できる(目的を果たせる)可能性はあるけど、後者は死を発見することなく(目的を達成したかどうか確認できないまま)終わっちゃうんじゃないかな?
死が目的ならば、死を絶対的不動の事実として主体が発見しない限り、死が目的には出来ないと思った。
早く1126に突っ込んであげないとかわいそう
論理的な反論が出来てない時点で>>1は自分に酔っているだけのカス
論理的な反論が出来てない時点で>>1は自分に酔っているだけのカス
飛散しろ・・・・っ!
中2病って本来楽しむべきものなのにバカにする奴増えたよな。高2病か。
実際高2ぐらいの奴多そうだからなー。
実際高2ぐらいの奴多そうだからなー。
まぁ、>>1みたいな考え方をする人間なら、>>1だけみればそうなるな。
世界を認識する>>1が死ぬならば、そこで>>1にとっての世界は消滅することになるからなw
だが、だからといって>>1以外の人間にとっても同じことが起こるかといえば必ずしもそうとは限らないわけだ。
確かに、肉体の死で世界を認識不可能になれば、そいつにとっての世界は終わるだろうけど、
そいつ自身が終わろうとも、世界はあり続けるわけだ。そして、その世界にはそいつがいたっていう証拠も残る。
だからこそ、>>1みたいに「俺のいなくなった世界なんて知るか!」って考えれば、
人生において何をなそうとも残るのは死のみ。人生の残す結果は死のみ。っという考え方もありなわけ。
>>1が間違っちゃったのは、みんながみんなそうだと思っちゃったことだね。
世界を認識する>>1が死ぬならば、そこで>>1にとっての世界は消滅することになるからなw
だが、だからといって>>1以外の人間にとっても同じことが起こるかといえば必ずしもそうとは限らないわけだ。
確かに、肉体の死で世界を認識不可能になれば、そいつにとっての世界は終わるだろうけど、
そいつ自身が終わろうとも、世界はあり続けるわけだ。そして、その世界にはそいつがいたっていう証拠も残る。
だからこそ、>>1みたいに「俺のいなくなった世界なんて知るか!」って考えれば、
人生において何をなそうとも残るのは死のみ。人生の残す結果は死のみ。っという考え方もありなわけ。
>>1が間違っちゃったのは、みんながみんなそうだと思っちゃったことだね。
こんな中2病スレは見ても何もおもしろくないけど、まりちゃんは吹いたw
物事に意味を求めるなんて、それほど重要なことでは無い
そもそも、物事に意味を求めることはそれほど重要なことでは無い
死とはあくまで肉体に訪れる活動限界という現象を名づけたものでしかないため、人間が生きるのは死ぬためだとするには自分は肉体によってのみ存在するとしなければならない。
けれど>>1は自我の存在を認めているし、肉体が「死」を迎えると自我はどのような状態に陥るかも定義していないため、「自我たる私=人間」の「生きる意味=人生」の目的を死と定めることはできない。
ただし、肉体の死と自我の死が連結している可能性、死後の世界の可否、人間=自我であるか人間=肉体であるかという不確定要素、信条などがあるため、人生の目的が死ではないと定めることはできない。
この論を聞いたものの全てが「死」という状態を迎えていないため、未知に対して結論を出すことは早急でしかありえない。
けれど>>1は自我の存在を認めているし、肉体が「死」を迎えると自我はどのような状態に陥るかも定義していないため、「自我たる私=人間」の「生きる意味=人生」の目的を死と定めることはできない。
ただし、肉体の死と自我の死が連結している可能性、死後の世界の可否、人間=自我であるか人間=肉体であるかという不確定要素、信条などがあるため、人生の目的が死ではないと定めることはできない。
この論を聞いたものの全てが「死」という状態を迎えていないため、未知に対して結論を出すことは早急でしかありえない。
今日の邪気眼スレはここか?
生きる目的は無への回帰或いは死の超越
重度の中二病患者が冷静な大人に囲まれてるイメージだ。wwwww
>>1の文章は同じ事をひたすら書き続けて
相手の読む気を失せさせて勝った気分になるためだけなのか。
>>1の文章は同じ事をひたすら書き続けて
相手の読む気を失せさせて勝った気分になるためだけなのか。
少なくとも、>>1は死を真理であり目的と思う限りは、死ぬまで生き抜かなきゃならない。
生を全うして初めて、生が無意味と語れる。
死んで初めて、死が真理であると語れる。
人間が事実として知る死は、あくまで他者の死であり、>>1が人生が無意味だと見いだしたのは>>1個人の見解。
つまり>>1の死と同時に世界(他者)が消滅し無意味化するなら、>>1にはまだ死は存在してないことになる。
他者の死は>>1に何ら意味をもたらさないから。それは死とすら言えなくなる。
死ぬその瞬間まで、もがいてでも生に価値を見いだす努力をしてみた上で死んで、それでも無価値で無意味だと思うなら(無理だけど)それは真理なんだろうなと思う。
ってかきながら、つくづく哲学は揚げ足取りだなと思った。
生を全うして初めて、生が無意味と語れる。
死んで初めて、死が真理であると語れる。
人間が事実として知る死は、あくまで他者の死であり、>>1が人生が無意味だと見いだしたのは>>1個人の見解。
つまり>>1の死と同時に世界(他者)が消滅し無意味化するなら、>>1にはまだ死は存在してないことになる。
他者の死は>>1に何ら意味をもたらさないから。それは死とすら言えなくなる。
死ぬその瞬間まで、もがいてでも生に価値を見いだす努力をしてみた上で死んで、それでも無価値で無意味だと思うなら(無理だけど)それは真理なんだろうなと思う。
ってかきながら、つくづく哲学は揚げ足取りだなと思った。
死んだことも無いのに死を語るのか
野球をやったことも無いのに野球を語る事に似てるな
野球をやったことも無いのに野球を語る事に似てるな
死んだことも無いのに死を語るのか
野球をやったことも無いのに野球を語る事に似てるな
野球をやったことも無いのに野球を語る事に似てるな
老いるとどうでもよくなる
死ぬ事よりも「死ぬほど痛いのにしねない目に遭う」のを怖がってるように見えるな、まりちゃんは。
>生きるついでに易々と達成できたようなことが目的であるはずがない。
いいことばだね……。
大丈夫、まりちゃんはちゃんと愛されているよ。
いいことばだね……。
大丈夫、まりちゃんはちゃんと愛されているよ。
なんども言われてるが、>>1は『結果』と『目的』を混同してる
これに尽きる
これに尽きる
生と死と人間を別に考えればまぁ間違ってないんじゃね
生は死という目的に向かって走っていくけど人間はそんな事知らずに自分の目的のために生きているみたいな
生は死という目的に向かって走っていくけど人間はそんな事知らずに自分の目的のために生きているみたいな
おまえらさぁ もういいよ。
ランランルー
ランランルー
面白い人だ
真理とはー
べつにどうでもいいことだ
べつにどうでもいいことだ
>>1の文章が気持ち悪い
語彙が少ないんだよ
語彙が少ないんだよ
どうせ死んでしまうのに、
なぜ生きるのか?
という問いかー。
確かに。
なぜ生きるのか?
という問いかー。
確かに。
どこぞの誰かが作った「真理」なんてのに悩む前に
自分のしたいことをやって 自分のなりたい自分になれよ
自分のしたいことをやって 自分のなりたい自分になれよ
真理なんてものは無い、在るのは解釈だけさ。
ははは( ゚∀゚)
ははは( ゚∀゚)
人はいつか死ぬ。
なもんで五恩皆空じゃないか :) 般若心境じゃ不満なんかの??
なもんで五恩皆空じゃないか :) 般若心境じゃ不満なんかの??
これを見てると
人生の目的を見つけることが目的じゃないかと思うよね。
目的が見つからないから暫定的な目的を作って人は死ぬまで、もがき続けるんだ
人生の目的を見つけることが目的じゃないかと思うよね。
目的が見つからないから暫定的な目的を作って人は死ぬまで、もがき続けるんだ
死が生きる事の目的だってのは違う。断じて違う。
ネットに書き込んでる時点で言い分が破綻してる。
ネット料金どうしてるの。なぜ今も生きながらえて書き込んでるの。
死ぬのが目的ならご飯も食べる事はない。お金も稼がない。
真理などと考えることもない。それを人に伝える必要もない。
死ぬのが目的=真理が成立していない。
行き着く先が死なのになぜ生きるの?という問いなら面白い。
自分も確かにそう思う。
でもお腹がすけばご飯食べるし、眠くなったら寝る。
生きる目的は死ではないが他に見つからない。それでも生きてる。
それでも生きてるんだ。それでいいじゃないか。
ネットに書き込んでる時点で言い分が破綻してる。
ネット料金どうしてるの。なぜ今も生きながらえて書き込んでるの。
死ぬのが目的ならご飯も食べる事はない。お金も稼がない。
真理などと考えることもない。それを人に伝える必要もない。
死ぬのが目的=真理が成立していない。
行き着く先が死なのになぜ生きるの?という問いなら面白い。
自分も確かにそう思う。
でもお腹がすけばご飯食べるし、眠くなったら寝る。
生きる目的は死ではないが他に見つからない。それでも生きてる。
それでも生きてるんだ。それでいいじゃないか。
真理とは何か。これをまず考えないと。
西洋哲学においては真理は言葉にできるものと考えられているが、
東洋では言葉にできないとする考えもある。
確実なものが真理というのは真理かどうかわからない。
西洋哲学においては真理は言葉にできるものと考えられているが、
東洋では言葉にできないとする考えもある。
確実なものが真理というのは真理かどうかわからない。
中二病だと笑って一蹴してしまうより深く考えを掘り下げていくことのほうが面白いと思うんだ。
この試行錯誤している姿、結果に至るまでの過程というのはまったくもってすばらしい。
まあ前提条件で間違えてるし論理の飛躍も多々あるけど。
というかvipに慣れた自分にこの文字数は辛い、それぞれ3行で頼む。
この試行錯誤している姿、結果に至るまでの過程というのはまったくもってすばらしい。
まあ前提条件で間違えてるし論理の飛躍も多々あるけど。
というかvipに慣れた自分にこの文字数は辛い、それぞれ3行で頼む。
真理についての議論とは、壮大な後出しジャンケンなのである。
↑この文章についても、然り。
↑この文章についても、然り。
プライドの高い怠け者が、俺みたいに何もしない(できない)ことが正しい在り方なんだという妄想をこしらえ、そこに周りを引き込もうとする哀れな図w
…これなんて俺?>>1がんばれ。超がんばれ。
…これなんて俺?>>1がんばれ。超がんばれ。
厨二乙っていいたかったけど、よく読むと自分みたいな思想で考えさせられた。
結局みんなこういうこと考えてんだよな…自惚れてたわorz
結局みんなこういうこと考えてんだよな…自惚れてたわorz
死とか別れをネガティブなものだと思ってる人とは話が合わない。
別れを想定しないからか「永遠に一緒にいようね!」とかケータイ小説みたいな事ばかり言う。
明るくていいけど、何の情緒も郷愁もない。
別れを想定しないからか「永遠に一緒にいようね!」とかケータイ小説みたいな事ばかり言う。
明るくていいけど、何の情緒も郷愁もない。
生あるものは必ず死ぬ。その中で何をつかんだかによってその魂が高級か低級か分かれていく。沈殿して層になっていく泥水のように自然に分かれていく。この世界は混ざり合っている泥水。そこから、悟りたるひとは美しい蓮の花を咲かせるのだと仏教は教える。で、どう?
人生の目的はコロッケであり、人生の真理はコロッケである
なんて言い換えてもそれっぽく聞こえるわけで
まぁ、雰囲気イケメンみたいな感じだよね
なんて言い換えてもそれっぽく聞こえるわけで
まぁ、雰囲気イケメンみたいな感じだよね
こういう事を考える事はいいことだと思うけど深く考えすぎ
考えて考えて自己催眠ように鬱になって更に考え続ける人を「ド馬鹿」といいます
考えて考えて自己催眠ように鬱になって更に考え続ける人を「ド馬鹿」といいます
死ぬとは、生物活動の停止。
動くことを『やめる』のではなく、『できなくなる』こと。
死を目的として生きるならば、何故生きるのか?
生物的な意義からすれば、次の世代への遺伝子を残すことだけが責務。
次の世代へ遺伝子を伝えるとは、死ではなくて、生への執着。
つまり、人生の目的は生きることなのではないだろうか?
動くことを『やめる』のではなく、『できなくなる』こと。
死を目的として生きるならば、何故生きるのか?
生物的な意義からすれば、次の世代への遺伝子を残すことだけが責務。
次の世代へ遺伝子を伝えるとは、死ではなくて、生への執着。
つまり、人生の目的は生きることなのではないだろうか?
ボールの例えのところで
誰が、何のために
とかって何らかの意図が働いていることしか考えられないのが浅薄。
特別な意図を持って行われたこと以外は大体は偶発的なもの
人の行いでさえすべてに意図が働くわけじゃない
つくる気で生まれた子もいれば、できちゃったから生まれた子もいる
親に自分が主産物か副産物か聞いてみたらどうだ?俺は嫌だけど
だいたい、生と死あわせて初めていのちと言える
いのちの死の面ばかりに魅入られているマリちゃんは
生の面にばかり魅入られているエアロビと変わりない
誰が、何のために
とかって何らかの意図が働いていることしか考えられないのが浅薄。
特別な意図を持って行われたこと以外は大体は偶発的なもの
人の行いでさえすべてに意図が働くわけじゃない
つくる気で生まれた子もいれば、できちゃったから生まれた子もいる
親に自分が主産物か副産物か聞いてみたらどうだ?俺は嫌だけど
だいたい、生と死あわせて初めていのちと言える
いのちの死の面ばかりに魅入られているマリちゃんは
生の面にばかり魅入られているエアロビと変わりない
乗りかかった船、と言うようにいのちを授かったこと自体が理由となって
健やかなときも病めるときも、それこそ死の瞬間までいのちを全うすることだ
どうしても目的云々と言わねばならないなら、いのちを全うすること自体が目的か。
未来を思わせがちな“目的”が“今”と密着してるからわかりにくいし、マリちゃんはきっと理解してくれないけど
どうでもいいけど悩みの元になっている、(健康であるにもかかわらず抱く)死について予想される苦痛への恐怖は子供にありがちな自我の肥大の表れ
長文ですまん
健やかなときも病めるときも、それこそ死の瞬間までいのちを全うすることだ
どうしても目的云々と言わねばならないなら、いのちを全うすること自体が目的か。
未来を思わせがちな“目的”が“今”と密着してるからわかりにくいし、マリちゃんはきっと理解してくれないけど
どうでもいいけど悩みの元になっている、(健康であるにもかかわらず抱く)死について予想される苦痛への恐怖は子供にありがちな自我の肥大の表れ
長文ですまん
こういうことを考えるのはいいとは思うんだけど、
人の意見を全く聞かないというのはいただけないな。
人の意見を全く聞かないというのはいただけないな。
1
結果といっても
今後医療の発達で不老不死となる体を手に入れれたとすれば
人生の終末なんて考えはなくなるような
今後医療の発達で不老不死となる体を手に入れれたとすれば
人生の終末なんて考えはなくなるような
目的なんてない、わからないんじゃない?
目的という言葉なんて正しいかどうかわからないし
目的という言葉なんて正しいかどうかわからないし
通り過ぎた事だ。それはお前が納得したひとつの答えでしかない
まず「生きてる」なんて証明できない。すべて人間が勝手に決めたことで、今、生きているか夢なのかなんてわからない。死んだあとに意識がないかぎり。
最近すべてが凄くねって思い始めた。
地球に順応してるんだから。
地球に順応してるんだから。
いやー面白かったw
あとはマリちゃんが死ぬ前に「この為にあたしは生まれてきたのか」
って思えるくらいの幸せなことに出会って欲しいだけ。
それこそがマリちゃん自身が創れるマリちゃんの生きる目的だから。
あとはマリちゃんが死ぬ前に「この為にあたしは生まれてきたのか」
って思えるくらいの幸せなことに出会って欲しいだけ。
それこそがマリちゃん自身が創れるマリちゃんの生きる目的だから。
そもそもね、死後の世界が「ない」とは誰も断言できないじゃない。
肉体は確かに死ぬけど精神は生きる、という宗教的な考え方が、嘘か本当かすらも生きているうちは分からない。
そして生きている人間には、肉体的に生きている人間しか知覚できない。
そしたら、肉体的な「死」は単なる通過点の可能性もあるわけだ。そうだとするとまりさんの考え方の最終的な目的とはなりえないはずじゃないのか?
肉体の目的(というより本当は結果だけど)は「死」であることは確実だが、精神というものが本当に脳によってのみ作り出されているのか?途中でまりさんが述べているように、肉体は単なる精神の乗り物である可能性はないのか?と考えると、精神の目的や結果を肉体的な現象である「死」に完全に付属させること自体がおかしい気もしてくる。
…とかこういう考えはもしかしたら哲学には持ち込んではいけないのかもしれないけどね。
肉体は確かに死ぬけど精神は生きる、という宗教的な考え方が、嘘か本当かすらも生きているうちは分からない。
そして生きている人間には、肉体的に生きている人間しか知覚できない。
そしたら、肉体的な「死」は単なる通過点の可能性もあるわけだ。そうだとするとまりさんの考え方の最終的な目的とはなりえないはずじゃないのか?
肉体の目的(というより本当は結果だけど)は「死」であることは確実だが、精神というものが本当に脳によってのみ作り出されているのか?途中でまりさんが述べているように、肉体は単なる精神の乗り物である可能性はないのか?と考えると、精神の目的や結果を肉体的な現象である「死」に完全に付属させること自体がおかしい気もしてくる。
…とかこういう考えはもしかしたら哲学には持ち込んではいけないのかもしれないけどね。
以前までこういうことを偉そうに考えていたが、実際死ぬ可能性が出てきた今、
安全地帯にいる坊ちゃんの暇つぶしだということが分かった。
死に直面して、それでも考え続ける人はすごい。でも、そんな人は一体
どれくらいいるのだろうか。よく生きたいものだ。
安全地帯にいる坊ちゃんの暇つぶしだということが分かった。
死に直面して、それでも考え続ける人はすごい。でも、そんな人は一体
どれくらいいるのだろうか。よく生きたいものだ。
それを考えてその先どうするのかってのも
大事なことじゃね
ひとつの考えをたくさんの概念で議論しても
皆が納得する確かなものは生まれないだろうし
でもそう議論する行為が実に
面白いのは確かだなと思う
大事なことじゃね
ひとつの考えをたくさんの概念で議論しても
皆が納得する確かなものは生まれないだろうし
でもそう議論する行為が実に
面白いのは確かだなと思う
エントロピーが増大し、あらゆるものが拡散していく宇宙において、
物質を取り入れては排出し、同じ形態を保とうとしているのが生命体。
あらゆる生物は宇宙の法則に挑み、抗い続けている。
つまり生物が生きる目的っていうのは、存在すること自体にあるんだよ
物質を取り入れては排出し、同じ形態を保とうとしているのが生命体。
あらゆる生物は宇宙の法則に挑み、抗い続けている。
つまり生物が生きる目的っていうのは、存在すること自体にあるんだよ
ゴールしたらあかん!
>1180に同意するな。もし死んでも意識があって、しまったと思ってももう遅いじゃない。意識が終わると思うから自殺なんかする訳でしょ。でも、もし残ってたら,「憑依」なんかして仲間を増やそうとする。ってよく物語にあるし、現実、自殺現場って後をひくんだよ。
家の裏の踏み切りなんかもそうだった。祖母に近づくなといわれていたが、のちに弟が小学生の時、電車を止めたぞ。厳重注意だった。何であんなことをしたのか聞いたことがあるが、電車が来たら足が勝手に止まらなくなり踏み切りに入って行ったそうだ。急ブレーキで目の前で止まったのは奇跡。
「馬鹿げている、あの世なんて無い」という人も責任取れるのかと言いたい。あったらあったでいいんだから・・あるのに無いっていったら、大責任もんよ。それこそ
家の裏の踏み切りなんかもそうだった。祖母に近づくなといわれていたが、のちに弟が小学生の時、電車を止めたぞ。厳重注意だった。何であんなことをしたのか聞いたことがあるが、電車が来たら足が勝手に止まらなくなり踏み切りに入って行ったそうだ。急ブレーキで目の前で止まったのは奇跡。
「馬鹿げている、あの世なんて無い」という人も責任取れるのかと言いたい。あったらあったでいいんだから・・あるのに無いっていったら、大責任もんよ。それこそ
オナニーしたら全てがわかるよ
>愚か者どもが考えが浅い!
吹いたwww
吹いたwww
何事も大きな視点で見るのが一番
人間一人を個体とみるか人類総てを個体とみるか
人間一人を個体とみるか人類総てを個体とみるか
高尚な記事が多い。
長すぎて読む気がせん・・・・・つまり青とオレンジと黒が話し合ってるのか・・・
俺はガキの頃永遠に生きてやるといったからやり遂げなくてはいけない・・・
永久に寝とけば死なないんじゃないかと思う!
俺はガキの頃永遠に生きてやるといったからやり遂げなくてはいけない・・・
永久に寝とけば死なないんじゃないかと思う!
真理ちゃんはもっと評価されるべき
固く考えてばっかいないでミスタードーナツ食おうぜ
ただ死ぬのは怖いし、将来的には逃れえぬ「死」を怖がり続けるのも嫌だから「死」というものに違う意味を持たせ、「死」を違う解釈で受け入れようとしているようにしか見えないな。
今生きてる。いつか死ぬ。それだけで十分だと思うけど。
目的の無い人生結構。目的が無いなら、目的を探すのを目的にすれば良い。
そんな風に楽観的に考えられる俺は、まりちゃんよりは人生を楽しめてるんだろうなぁw
今生きてる。いつか死ぬ。それだけで十分だと思うけど。
目的の無い人生結構。目的が無いなら、目的を探すのを目的にすれば良い。
そんな風に楽観的に考えられる俺は、まりちゃんよりは人生を楽しめてるんだろうなぁw
まー、哲学やったことが殆どない俺だけど、
この文章には納得できない箇所が何箇所かあるから書いてみる。
最初の段落
>>1
>真理とは疑いようのない確信であり真実である
>そして人間が死ぬという事は真理である
>だから自分が死ぬという事も真理である
>人生のゴールは死である
>つまり人は死ぬために生きているのである
>それが人生の目的であり真理である
まず気になるのは「人生のゴールは死である」の部分だ。
”ゴール”とは何を意味するのか。
一般的に考えればゴールとは目指すべき目標である。
このことは続きの文章からも矛盾しないことから、
マリさん(>>1のこと)はこの意図でゴールという言葉を使っているといえる。
この文章には納得できない箇所が何箇所かあるから書いてみる。
最初の段落
>>1
>真理とは疑いようのない確信であり真実である
>そして人間が死ぬという事は真理である
>だから自分が死ぬという事も真理である
>人生のゴールは死である
>つまり人は死ぬために生きているのである
>それが人生の目的であり真理である
まず気になるのは「人生のゴールは死である」の部分だ。
”ゴール”とは何を意味するのか。
一般的に考えればゴールとは目指すべき目標である。
このことは続きの文章からも矛盾しないことから、
マリさん(>>1のこと)はこの意図でゴールという言葉を使っているといえる。
そして、以下のように続けている。
>死以外のゴールはこの世には存在しないのである
>勝手に他のゴールを設定してそこまで泳ぐ事を
>人生の目的にしたとしても、それは果てしなく無意味である
>それは真理ではないからである。嘘偽りの自己欺瞞でしかないのである
>だから最期には、ここはゴールではなかったという後悔しか残らないのである
>そしてその生き方は真理ではないから、果てしなく虚しいのである
ここから、マリさんは人生とは死というゴールのために存在する道程であり、
最期にゴールへと達した時に人生はその結果を迎える、と考えていると読める。
>死以外のゴールはこの世には存在しないのである
>勝手に他のゴールを設定してそこまで泳ぐ事を
>人生の目的にしたとしても、それは果てしなく無意味である
>それは真理ではないからである。嘘偽りの自己欺瞞でしかないのである
>だから最期には、ここはゴールではなかったという後悔しか残らないのである
>そしてその生き方は真理ではないから、果てしなく虚しいのである
ここから、マリさんは人生とは死というゴールのために存在する道程であり、
最期にゴールへと達した時に人生はその結果を迎える、と考えていると読める。
別にゴールが死だったら死だったで、
彼女も居るしそんなさっさとゴールしたくねえわな。
死ぬんだったらもっと色々知って、楽しんでから。
義体とか、あるいは色々別のもんができて死ななくなったりしたらそれはそれでアリだなw
彼女も居るしそんなさっさとゴールしたくねえわな。
死ぬんだったらもっと色々知って、楽しんでから。
義体とか、あるいは色々別のもんができて死ななくなったりしたらそれはそれでアリだなw
まりちゃんは「死ぬために生きるのが人生の目標であり真理」って言ってるけど、全ての人に平等に、「平等の死」が訪れるとでも思ってるのかな。
苛めを苦に自殺する人なんかからすれば、死は「現実の辛さから逃れるための”手段”」だろうし、「生きたい」と思いながら拷問などで苦しめられながら殺される人からすれば、死は「生きるために逃れたいもの」だろうし。
そういう死も、当人にとっての目標であり真理と断言できるのだろうか?
”真理”なんて大層な言葉を使ってる以上、断言できなければいけないはずなんだけど、断言できるようなものでは無いと思うなぁ。
どうも、まりちゃんは、死の訪れ方が一辺倒と思っているほど浅慮で人生経験が足りない気がするな。
苛めを苦に自殺する人なんかからすれば、死は「現実の辛さから逃れるための”手段”」だろうし、「生きたい」と思いながら拷問などで苦しめられながら殺される人からすれば、死は「生きるために逃れたいもの」だろうし。
そういう死も、当人にとっての目標であり真理と断言できるのだろうか?
”真理”なんて大層な言葉を使ってる以上、断言できなければいけないはずなんだけど、断言できるようなものでは無いと思うなぁ。
どうも、まりちゃんは、死の訪れ方が一辺倒と思っているほど浅慮で人生経験が足りない気がするな。
実存に縋ろうとする者と、それに反発する「常識」という相対主義。
相対主義が、実在論を包含する以上、実在論に勝ち目はない。
だけれども、生きる目的を探したくなる。
だって、自分はせっかく生きてる(と意識できる)んだから。
そしてみんな、快楽を「生きる目的」と自己欺瞞する。
感覚(視聴嗅味触覚)と認識(赤い、うるさい、臭い、甘い、熱い)
の関係の説明も難しいけれど、(例えば、なぜ赤いモノは「赤い」のか)
そして、その関係同士の関係の説明、
つまり関係同士の接触反応で何が生まれるのか、
これはなかなか難しい問題。
こういう問いに「◯2病」のレッテルを張って目を背けるのは容易だし、
それで「生きる目的」という名の快楽に従って楽しく生きていくことができる。
だけど、それこそ、神の罠じゃないかな。人間を真理から遠ざける為の。
エデンの園にいる者は、知らないが故に、生きることを楽しめる。
相対主義が、実在論を包含する以上、実在論に勝ち目はない。
だけれども、生きる目的を探したくなる。
だって、自分はせっかく生きてる(と意識できる)んだから。
そしてみんな、快楽を「生きる目的」と自己欺瞞する。
感覚(視聴嗅味触覚)と認識(赤い、うるさい、臭い、甘い、熱い)
の関係の説明も難しいけれど、(例えば、なぜ赤いモノは「赤い」のか)
そして、その関係同士の関係の説明、
つまり関係同士の接触反応で何が生まれるのか、
これはなかなか難しい問題。
こういう問いに「◯2病」のレッテルを張って目を背けるのは容易だし、
それで「生きる目的」という名の快楽に従って楽しく生きていくことができる。
だけど、それこそ、神の罠じゃないかな。人間を真理から遠ざける為の。
エデンの園にいる者は、知らないが故に、生きることを楽しめる。
>>1198 なんていいレス!安易に反論したがるやつは死を怖れているだけ。中二病のようだからといってそんな小さな問題でもないと思うけどな。もしかすると死とかそちら側に人の知るべき真理があるのかもしれないよ。神が本質的に生命が死を見つめないよう「禁則事項」とした場合、避けているばかりじゃ得られないものはあのではないかな。 ところで人生の目的、向かうところは「死」だ、とかいったのは誰だっけな?ハイデガー?
>>
ハイデガー
ドイツ無神論、『存在と時間』、現存在(Dasein)、「人は死への存在(人は存在の不安から逃れるために日を過ごしている。死を見つめることで本来の自己を取り戻す)」、ひと(das man)〜匿名の世間人、
<<
>>
ハイデガー
ドイツ無神論、『存在と時間』、現存在(Dasein)、「人は死への存在(人は存在の不安から逃れるために日を過ごしている。死を見つめることで本来の自己を取り戻す)」、ひと(das man)〜匿名の世間人、
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>>1199
読んでないから知らないけれど、
>「人は死への存在(人は存在の不安から逃れるために日を過ごしている。
> 死を見つめることで本来の自己を取り戻す)」
という言葉から考えるに、ハイデガーは、
人は、今という時間を「生きる楽しみ」のための時間としがちけれども、
「生きる苦しみ」たる死を見つめないヤツは人間じゃない、って言いたいのかな?
つまり、過去的な(歴史的事実としての他人の)死を、経験則的に、
未来的な(いつか来るであろう自分の)死と重ねて、自分が生きる規範としろ、と。
こういう俺的(w)解釈なら概ね納得だけど、ただ、俺は、どうせなら、
過去的な(歴史的事実としての他者の)生も、
同じ様に自分の規範として取り込みたいなと思う。
コレは俺オリジナルの考えじゃなくて、
仏教で「諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽」って言ってて、
そういう意味なんじゃないかなぁ、と思っただけ。
読んでないから知らないけれど、
>「人は死への存在(人は存在の不安から逃れるために日を過ごしている。
> 死を見つめることで本来の自己を取り戻す)」
という言葉から考えるに、ハイデガーは、
人は、今という時間を「生きる楽しみ」のための時間としがちけれども、
「生きる苦しみ」たる死を見つめないヤツは人間じゃない、って言いたいのかな?
つまり、過去的な(歴史的事実としての他人の)死を、経験則的に、
未来的な(いつか来るであろう自分の)死と重ねて、自分が生きる規範としろ、と。
こういう俺的(w)解釈なら概ね納得だけど、ただ、俺は、どうせなら、
過去的な(歴史的事実としての他者の)生も、
同じ様に自分の規範として取り込みたいなと思う。
コレは俺オリジナルの考えじゃなくて、
仏教で「諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽」って言ってて、
そういう意味なんじゃないかなぁ、と思っただけ。
続き。というか、補足。
(これは楽観しすぎかも知れないけれど、20ソコソコのガキだから許してw)
「生きる苦しみ」を知る責任は、ほとんどの人が背負えるんじゃないかな。
この丁度良い負荷配分は、まさに神業。
だって、もし死にたくなるほどの苦しみだったとしたら、
アダムとエヴァは、知恵の実を食べて「知った」時に自殺しちゃって、
人類も存在していないと思う。
きっと、「生きる楽しみ」は、「生きる苦しみ」と同じくらいの力で、
「生きる苦しみ」の重力を軽減してくれる恩寵なんだろうね。
(これは楽観しすぎかも知れないけれど、20ソコソコのガキだから許してw)
「生きる苦しみ」を知る責任は、ほとんどの人が背負えるんじゃないかな。
この丁度良い負荷配分は、まさに神業。
だって、もし死にたくなるほどの苦しみだったとしたら、
アダムとエヴァは、知恵の実を食べて「知った」時に自殺しちゃって、
人類も存在していないと思う。
きっと、「生きる楽しみ」は、「生きる苦しみ」と同じくらいの力で、
「生きる苦しみ」の重力を軽減してくれる恩寵なんだろうね。
おたくヴェイユファンですな。
それはともかくマリちゃんの
人生の目的は、全て死を誤魔化した自己欺瞞だというのには同意。
しかし人間ってのは、ロボットではないからね。
ファジーな部分もあるから、死を忘れることもできるし誤魔化すこともできる。
だから、みんな前向きに生きていけるんだろう。
そんな人間の在り方を認めるべきなのか否かは別として。
まあ、死を誤魔化して生きている大人にとっては、
そういう純粋な子供の質問ってのは酷だろうな。
だけど、知らないからこそ幸せってのは、人生においても多々あるわけだし
それがこの世界を、幸せに生きるための方法でもあるわな。
それはともかくマリちゃんの
人生の目的は、全て死を誤魔化した自己欺瞞だというのには同意。
しかし人間ってのは、ロボットではないからね。
ファジーな部分もあるから、死を忘れることもできるし誤魔化すこともできる。
だから、みんな前向きに生きていけるんだろう。
そんな人間の在り方を認めるべきなのか否かは別として。
まあ、死を誤魔化して生きている大人にとっては、
そういう純粋な子供の質問ってのは酷だろうな。
だけど、知らないからこそ幸せってのは、人生においても多々あるわけだし
それがこの世界を、幸せに生きるための方法でもあるわな。
>>1202
ヴェイユは、思考の後で辿り着いたなぁ。
でも、さらっと読んで、譬喩が美しいと思ったから、言葉だけ掠め取ったw
むしろ仏教好き。般若経とか中観とか。唯識に挑戦したい。
俺は、「人生の目的は、全て死を誤魔化した自己欺瞞」という主張より、
人間だけでなく動植物さえも、倫理の名の下に、生存を強いられているような、
生存それ自体を有価値として捉える、権力による規律について、胡散臭く思う。
聖書曰く「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。
しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる (john 12:24)」らしい。
そして、>>1200の仏教では、(どっちも空なんだから)生と死が同じと考える。
確かにこれらは自己欺瞞だけれど、
生への無条件な信奉という、権力による「他者」欺瞞=詐欺よりは、
自己が責任を負うことを表明してるだけマシなんじゃないかなぁ、と思う。
ヴェイユは、思考の後で辿り着いたなぁ。
でも、さらっと読んで、譬喩が美しいと思ったから、言葉だけ掠め取ったw
むしろ仏教好き。般若経とか中観とか。唯識に挑戦したい。
俺は、「人生の目的は、全て死を誤魔化した自己欺瞞」という主張より、
人間だけでなく動植物さえも、倫理の名の下に、生存を強いられているような、
生存それ自体を有価値として捉える、権力による規律について、胡散臭く思う。
聖書曰く「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。
しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる (john 12:24)」らしい。
そして、>>1200の仏教では、(どっちも空なんだから)生と死が同じと考える。
確かにこれらは自己欺瞞だけれど、
生への無条件な信奉という、権力による「他者」欺瞞=詐欺よりは、
自己が責任を負うことを表明してるだけマシなんじゃないかなぁ、と思う。
そして、(体験ではなく)自己を納得させる概念として、
死を扱ってる(ように読める)点で、>>1の主張もまた、一種の自己欺瞞だと思う。
死を、ドグマ的なモノとして、無自覚に扱ってる感じがする。
(もしかしたらホントに無自覚なのは、>>1をこう解釈する俺なのかもしれない。。。)
だから、「死は人生の到達点だ」という>>1の主張については、
自分の解釈を開陳することで、
その責任(「生きる苦しみ」)を負っていることを明確にし(ようとし)た点を、
積極的に評価したい。
死を扱ってる(ように読める)点で、>>1の主張もまた、一種の自己欺瞞だと思う。
死を、ドグマ的なモノとして、無自覚に扱ってる感じがする。
(もしかしたらホントに無自覚なのは、>>1をこう解釈する俺なのかもしれない。。。)
だから、「死は人生の到達点だ」という>>1の主張については、
自分の解釈を開陳することで、
その責任(「生きる苦しみ」)を負っていることを明確にし(ようとし)た点を、
積極的に評価したい。
人生の目的とは「生涯にわたり安心できる環境を作り続ける」である
人により安心を得るためのポリシーは違うし、そのための行動も違う。
人により安心を得るためのポリシーは違うし、そのための行動も違う。
神の栄光を現すためである。
まず目的の定義を決めたほうがいい
1は絶対的に最終的な到達点を目的としてて、
他の人は到達目標を目的としてるから話はそれ以上進まない
1は絶対的に最終的な到達点を目的としてて、
他の人は到達目標を目的としてるから話はそれ以上進まない
私は今まで、死に対して、恐怖心がありました
最近思ったのですが、
他人の死はありますが、自分自身の死はないと思います
他人の死は確認できます
しかし、自分自身の死は、死んだ瞬間に
自分自身の死を認識できないからです
最近思ったのですが、
他人の死はありますが、自分自身の死はないと思います
他人の死は確認できます
しかし、自分自身の死は、死んだ瞬間に
自分自身の死を認識できないからです
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