ニュース最近のコメント 先月の記事最近の注目記事 毎月の注目記事 問い合わせ ネタ投稿 お気に入り
ブックマーク: Buzzurl  / Hatena /Yahoo!  

  • 編集元:旧シャア専用板より

    128 ブライトノア・クロニクル(下)15/18 :04/07/20(火) 19:46 ID:???
    「ハサウェイは」とアムロはつづける。
    「君をずっと待ってるよ。いいかい?彼はずっと君を待ってるんだ。君が想像の中で彼を殺さない限り」
    アムロはそういうとポットに入っていたコーヒーを白い陶器つくりのカップに注ぐと、テーブルの上にある砂糖とクリームを一杯ずつ入れた。
    銀製のスプーンでなかを2,3度掻きまわしてから、それを僕のほうに差し出した。ひきたてのコーヒー豆のいい香りがした。
    僕は口をつける。そして3分の一ほど胃の中にいれてしまう。
    そして、ふとある種の懐かしさを感じる。このコーヒーにだ。これは、確かにどこかで飲んだ事がある味だ。
    記憶の井戸の底からぼくはその記憶を呼び覚まそうとする。そして、意外とすぐに僕は心当たりをみつける。ラーカイラムだ。
    これはかつて、そうアムロが死んでしまう前にラーカイラムで一緒に飲んだコーヒー、そのままの味だった。
    僅かに生ぬるいところも全て。そう、そういえばあのときも僕はアムロとはなしながら、コーヒーを飲んでいたのだ。そしてアムロは死んだのだ。
    僕は泣きそうになる。コーヒーカップを動揺で落としそうになって両手で握り締める。
    どうしてこんな夢をみてしまうんだろう。彼らはもうこの世にはいないのだ。僕は唇をかみ締める。
    ここはきっと損なわれた世界なのだ。あらゆるものが失われ、あらゆるものが消失していく世界なのだ。
    かれらはそこで抗うようにガンダムをつくっているのだ。

    「…とても美味しいよ」と、僕はアムロにいった。彼はにっこりとわらってもう一杯つくるとそれをシャアに渡した。
     僕はその彼らの仕草をみて、ここに自分はいるべきではないと思った。
    アムロやシャアに頼らないと決めた筈だ。彼らのダンスステップは確かにラストワルツを踊ったのだ。
    これいじょう彼らに迷惑をかけることはしてはいけない。大衆が未だにシャアとアムロは生きていて、また自分たちを導いてくれるといったような甘えた発想を許してはいけない。僕はカイのインタビューをおもいだした。どうしてみんな死者を起こそうとするんだ?
    そんなことはしてはいけないのだ。僕は彼らを日のあたらない静かな場所でゆっくりと休ませてあげたいと本当に思う。
    それが生きているものの務めなのだ。そのためにならいくら祈ってもいい。

    「ご馳走様。さてと、それじゃあそろそろ行くよ」
    コーヒーを最後の一滴まで飲み干してしまうと僕はそういった。
    「気をつけて」
    アムロがいった。「なるべくいそいだほうがいいかもしれない」

    129 ブライトノア・クロニクル(下)16/18 :04/07/20(火) 19:50 ID:???
    僕は折りたたみ椅子からそっと立ちあがる。そして、椅子をたたんで床に横たえた。
    「さいごにひとつだけいいかな」と、僕はいう。
    「なに?」
    「君達はいまのその・・・地球上や宇宙で起きている様々な問題をどうかんがえている?」
    アムロはその僕の問いにとまどったように苦笑した。
    「あいにくだけど、その問に答えることはできない。僕らはただガンダムをつくっているだけの工員さ。けれど、」
    そこでアムロは言葉を切った。
    「ブライト。いいかい。急がない事だよ。あわてずに自分がなすべきことだけを思うんだ。すくなくとも僕は人類に絶望はしていない」
    そして、アムロはそっと笑った。「僕がこんなこといっても仕方ないかもしれないけど」
    「いや、とても救いになるよ」
    本当に。それに僕は十三年ほどの長い付き合いよりも、ここですごした僅かな時間の間のほうが多く彼の笑顔をみた気がする。
    「シャアは?」
    僕が彼のほうに視線をうつすと、彼は足元の工具箱からボールペンを取り出して、手もとのメモ帳にさらさらとこう書いた。


    And now…In anticipation of your insight into the future


    シャアはその紙をちぎって僕のほうに差し出した。
    「ありがとう」と僕は礼をいう。僕はそれを大事に折りたたんで胸のポケットに入れる。
    僕は彼の書いたスペルをあたまのなかでなんどもリフレインする。
    今は皆様一人一人の未来の洞察力に期待します、か。わるくない。ぜんぜんわるくない。
    たとえそれがシャア一流のよくできた皮肉だとしてもだ。
    彼らがそういってくれるだけで、何かが救われる気がした。未来への期待がそこにあるのなら、僕らはまだ存在できる。
    結局のところ、物事はそういうふうにしてすすんでいくのかもしれない。絶望するにはまだ早いのかもしれない。
    僕はハサにあわなければいけないのだ。

    「僕はいくよ」と、二人にいった。だけど、いってから自分がどうやってこの工場からでればいいのかという問題に気がついた。
    この工場は果てしなくひろいのだ。僕はここからでることができないのではないか、という不安に襲われた。
    「想像するんだよ」と、僕の不安を悟ったように静かにアムロが言った。
    「君は君の帰る場所を知ってるはずだ。思い出すんだ。君のいた場所や匂いや感触を。空気の流れを」
    僕は「もくば」ホテルのことをおもった。ベッドの上の油絵を思った。そして、死に絶えている電話を考えた。
    「想像するんだ」
    アムロはもう一度いった。「責任を持って、帰るべき場所を心に描くんだ」

    僕はいわれたとうりに木馬ホテルを思った。ビールやステーキを思った。そして、夕刊を思った。
    そういえば頼んでいた夕刊はどうしたのだろう?ちゃんと届けてくれただろうか?そういえばテレビはつけっぱなしだったな。
    そんなことを考えていると、急激に視界が暗くなっていった。
    僕は戻りつつあるのだ。ふたたび潮がひいて、海面が隆起してなにものかが僕を砂浜に戻そうとしているのだ。
    かすんでいく視界の中でアムロとシャアをみようとしたがもはや僕はかれらをみることはできなかった。

    130 ブライトノア・クロニクル(下)17/18 :04/07/20(火) 20:00 ID:???
    4 ささやき

     気がついたとき、僕はホテルの部屋のソファにうつ伏せに横たわっていた。
    意識はまず左端から徐々に見え、右端までたどりつくと一旦また暗闇になりそのあと、中央から光が戻ってきた。
    やれやれ、僕は戻ってきたらしい。僕は首を傾けて、身体のこりをほぐした。身体を起こし、大きく一度背伸びをした。
    時計をみると意識を失ってから五時間くらいの時間が経っているようだった。外はもう真っ暗になっている。
    テレビ画面は砂嵐になってざあざあと雨降りのような音をたてていた。
    僕はリモコンをつかんでテレビの音を消音にした。そして、テーブルのうえにあるミネラルウォーターと飲みほし、クラッカーを少し齧った。そうこうしていると、ようやく身体がこちらがわに馴染んできたようだった。
    足元には絨毯があり、ベッドには目覚し時計がありその上には油絵がある。大丈夫。僕は戻ってこれたのだ。

     アムロの言葉を僕は思い出した。北北東に10キロ。
    さっそくホテルのフロントに電話して1/1000サイズの市内地図を持ってきてもらうように頼んだ。
    ボーイが地図を持ってくるまでの間に僕はトイレにいき、ながい小用をすませた。自分でも信じられないくらいのながいながい小便だった。
    僕の膀胱はまるっきり壊れたみたいに、尿を排出しつづけた。
    ようやくそのながい小便が終わり、洗面所で僕が石鹸で手を洗っていると、ドアが優しく二回ノックされた。
    ドアをあけると、品のいい笑顔を浮かべたドアマンがそこに立っていた。彼はお盆の上に地図と夕刊を数紙まとめて載せていた。
    「さきほどお尋ねしたときはご不在のようでしたので」とまるで大統領にでも話しかけるように、うやうやしく彼はいった。
    「ありがとう」
    僕は礼をいい彼に多めにチップを渡した。ドアが閉まるのを確認した後、僕は新聞をとりあえずどけた。
    これはいまはもう必要ではない。
    ベッド脇においているサイドテーブルをソファのまえまで持ってくると、その上に新しいぱりぱりとした地図を広げた。
    そして、僕がいる「もくば」ホテルからアムロが指差してくれた北北東に定規をあわせボールペンで線を引いた。北北東に十キロ。
    線はぴたりと僕の予想どうりの場所で止まった。ビンゴだ。あそこにハサウェイは、僕の息子はいるのだ。
    僕は深呼吸をしてから、冷蔵庫にむかい、そこからよく冷えたミネラルウォーターをとりだして飲んだ。
    身体中の水分がさっきのトイレで全部しぼりとられたような気がしたからだ。

  • 131 ブライトノア・クロニクル(下)18/18[ここまで読んでくれた人有難うございましたsage] :04/07/20(火) 20:12 ID:???
     僕は洗面所に行き、顔をしっかりと石鹸で洗い、シェービングクリームを手に取ると、備え付けの髭剃りで丁寧に髭を剃った。
    そして歯を丁寧に磨き、ワックスで髪をきちんと整えた。テレビを消し、部屋の室内灯を消した。ドアをあけ、廊下に出て部屋をロックした。
    廊下にはあいかわらず犬のように従順なカーペットがひかれているだけで誰もいない。僕はからっぽのエレベーターに乗りこむ。
    エレベーターで一階に降りる間、僕は「ネオジオン国歌」をかすかに口ずさむ。途中で男が二人乗ってきたが、構わず僕は唄いつづけた。
    彼らは僕を怪訝な目でみていたが、目があうとすぐに逸らした。かかわりあいになりたくない、といった感じだった。
     一階につくとさっさとエレベーターをおりた。まっすぐに受付に行き、ホテルのフロントに頼んで、大至急タクシーを呼んでもらうようにいった。
    「彗星タクシーしかまだ営業をはじめてませんがよろしいですか?」と品のいい笑顔でフロント嬢はいった。
    さきほどのドアボーイとおなじ笑顔だった。一流ホテルは笑顔まで統一されているのだ。ひょっとしたら歯並びも規格化されているかもしれない。
    かまわない、と僕は答える。べつに彗星だろうが木馬だろうが白鳥だろうが、タクシーならばそんなものはどうでもよかった。
    「それでしたら、少しお待ちください。ただいまお呼び致します」と彼女はにこやかにいった。僕は礼をいってその場を離れた。

    ロビーでタクシーがくるまでの間、玄関前のソファに腰をかけたまま僕はMSピープルのこと考える。



    おそすぎたから、いけないんだ。


     MSピープルの予言を僕は繰り返す。たしかに僕はおそすぎた。単に時間という面でなく、ありとあらゆる面で。
    その言葉はまるで石のように僕の意識の海に沈みこんで、底のほうから僕を縛り付けている。だけど、まだ決して手遅れじゃない。
    彼はあそこにいるのだ。僕はそこにいき、ハサを、そしてミライとチェーミンを取り戻さなければいけないのだ。あるいは僕は負けるかもしれない。
    また別の何かを損なうことになるかもしれない。もはやそれは取りかえしがつかなくなっている可能性だって充分にありうるのだ。
    けれど、僕は、少なくとも僕だけはあきらめるわけにはいかない。
     僕は目を閉じて、そっとひそやかに呼吸をする。
    どこかで声が聞こえる。僕を呼ぶ微かな声だ。誰かが僕を呼んでいる。僕はそれを聴くことができる。
    それは呪いかもしれない。あるいは予言かもしれない。またそのどちらでもあるかもしれない。僕はその言葉をじっと聞く。
    聞きながら、胸元のポケットに手をやる。そこには確かに紙切れが入っている。小さく折りたたんだメモ用紙だ。僕はその意味を考える。
    僕は洞察しなければいけない。ちいさな言葉から漏れるわずかな感情のニュアンスさえも聞き逃すわけにはいかない。洞察するのだ。
    ホテルの従業員がタクシーが到着した事を僕に告げる。僕は立ちあがり、ロビーをでる。その間も声は絶え間無く僕のもとにとどく。
    誰かが僕を呼んでいる。僕はその意味を全身で理解しようとする。誰かが僕を求めている。
    声にならない声で。音にならない音で。
    世界のどこか片隅で。


                                                                 (ブライトノア・クロニクル(下)後編へ続く)

    133 通常の名無しさんの3倍[sage リアルタイムの幸せ] :04/07/20(火) 20:26 ID:???
    読む。丁寧に、ゆっくりと読む。
    一字一句、舐めるように、しゃぶり尽くすように読む。
    気に入ったフレーズを口に乗せ、気になるパラグラフを繰り返す。
    読み終わる。
    そしてリロード。

    新着が1件。


    …幸せだ。
    実に実に幸せな時間だった。

    135 通常の名無しさんの3倍 :04/07/20(火) 21:43 ID:???
    明日は何時ごろ、続きが読めるんだろう。
    何回となく、リロードしてしまいそう。

    作者さん、お疲れ様でした。 Good Job!!

    136 通常の名無しさんの3倍 :04/07/20(火) 22:04 ID:???
    ハルキスト兼ガノタには涙が出るほど嬉しい。二重の意味で。
    久しぶりにねじまき鳥読み返してみようかな。

    138 通常の名無しさんの3倍 :04/07/21(水) 14:31 ID:???
    どうでもいいけど、アワーズプレイってplayじゃなくてprayじゃなかったっけ?

    139 通常の名無しさんの3倍 :04/07/21(水) 18:13 ID:???
    たしかにprayだった。たぶんブライトのヒヤリングに問題があったのだ。

    143 ブライトノア・クロニクル(下)  1/20[すごく遅れてすいませんsage] :04/07/24(土) 20:53 ID:???
    <ギギ・アンダルシアからの手紙 その1>
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     こんにちわ。ハサウェイ。突然、手紙をだしてごめんなさい。
    私、ギギ・アンダルシアはいまニホンのキューシューというところにいます。貴方のお母さんの故郷っていってたところです。
    とてもいいところです。空気は美味しいし、水もとても透き通っていて綺麗です。山も自然のまま残ってます。
    戦争もないし、人々はみんな宇宙にいけることなんて未だに信じてないような顔をしてくらしています。いいことです。
    宇宙なんてほんとは全部うそっぱちなんだ、ってあたしは会った人にいってます。

     私はケネスが借りてくれた別荘みたいなところに住んでいて、ここで、毎日、いろんなことを体験しています。
    大抵は朝早く起きて、昼くらいまで勉強しています。
    やっぱり勉強しなくちゃいけないな、って思ってきたんです。感性だけでいけるところなんて限界があります。
    ハサウェイがあのときいっていたように、感性と知性のバランスを保たないと駄目なんだって思うようになったんです。
    それに顔だけの女って思われるのもしゃくです。あたしは連邦のどぎつい閣僚夫人みたいになりたくないんです。

     そして昼過ぎになったら簡単な食事をつくります。大体はオムレツと牛乳とパンです。このへんでうっている牛乳は
    すごく甘くて美味しいんです。搾りたてをそのままパックにしているんです。保存料とかそういうのは一切なしです。そのままです。
    だから、その日飲む分だけ買って飲みます。一リットルくらいはぺろりと飲めちゃいます。

     昼からは大抵、外に椅子をだして座って読書をしています。
    主に旧時代の本とかを好んで読んでます。ニホンの本はまだ読んだ事ないけど、昔のいろんな本をよみました。
    旧世紀時代に、某国で革命をおこす原因になった「シホンロン」って本とかジオンみたいな軍隊を築いた人の「ワガトウソウ」とか。
    はっきりいってまったくわかりません。時代背景とかちんぷんかんぷんです。けど、なんとなく匂いみたいなものは感じ取れます。
    それはなんだか古ぼけた時計みたいなものです。もう止まって動かないんですが、そこには動いてきたことの残滓みたいなものがあります。
    過去がぎっしりつまっているような感じ。嫌いじゃない。私は宇宙世紀になって旧時代の本をみんながよまなくなったことを残念に思います。
    どうしてかよくわからないんです。なんでみんな読まなくなったんだろう。
    きっとみんな宇宙という広い世界ばかりが目に入って、足元の小さな世界に目をやる余裕がないのかもしれません。


    キューシューはほんとにいいところです。
    あたしのいるところは昔、オオイタとかミヤザキとか昔言われていたところです。すぐ近くには海があってそこにはいろんな魚が泳いでます。
    モビルスーツは全然みません。いちどアッガイみたいな漁師のおじさんをみたきりです。彼は手におおきな「にじます」を持ってました。
    あたしがじっとみていると彼はそれをくれました。とってもいい人です。お礼をいって、早速、ソテーにして食べました。美味しかったです。


    ケネスは相変わらず女のコとばかり遊んでいます。つい先日はメイスっていう女性の所に浮気をあやまりにいきました。
    結果はどうなったのか知りません。けど、泊まって来たらしいのできっとうまくいったんでしょう。
    彼はいまは組織をまだつくる時期じゃないといってます。マフティーに匹敵する組織をつくりたいみたいなんです。
    けど、連邦の監視が完全に溶けるまで(それはいつになるかわからないのですが)、当分おあづけみたいです。

    呑気なものだなって思います。けれど、それは女の考えなのかもしれません。実は影で色々進めているのかもしれません。
    けれど、ケネスはそれを教えてくれないし、あたしも聞きません。
    だって、あたしはここでゆっくりと死ぬつもりなんだから余計なことは知りたくないんです。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




    144 ブライトノア・クロニクル(下)  2/20 :04/07/24(土) 20:57 ID:???
    5章    
          タクシー、繋がり、蛍


     空には地中に眠っている太古の動物の骨のように白い月が、鋭い弧を描いて昇っていた。
    それはまるで僕がさきほど工場でみた「ひげ」ガンダムの「ひげ」みたいな形だった。まわりには星が申し訳なさそうにちらちらと輝いていた。
    タクシーの運転手は若く、ガムをくちゃくちゃさせながらハンドルを握っていた。親の仇を口に含んでるような乱暴な噛み方だった。
    もしかしたら親はガムが喉に詰って死んだのかもしれない。世の中にはそういう死に方をする人もいるのだ。
    僕の士官学校時代の友人に飴を喉につまらせて母親を亡くした男がいた。そのせいで彼は飴をひどく憎んでいた。飴を舐めている子供がいたら、
    とりあげてどこか遠くに放り投げるくらい憎んでいた。彼はそのたびに近所の住民から警察に通報されて連行させられていた。
    取り調べ室で彼はこう主張していた。
    「おまわりさん、あれは悪なんだ。悪が擬態化しているんだよ」
    けれど、当然ながらそんなことを警察は認めてくれない。くだらない言い逃れだと決めつけた。彼は書類送検されて略式起訴をうけた。
    執行猶予がついたけれど、その後、同じような事件でまた捕まり、今度は刑務所におくられた。
    士官学校で優秀な成績だった彼の消息はそれ以降、まったく僕の耳には入ってこない。そんなことをふと思い出した。



     冷房の効いた車内のスピーカーからは黒人シンガー独特の野太い力強い歌が流れていた。
    悪くない曲だった。充分な発声とよく伸びる低音を持っていた。そして雨が降るのをながめる少年のような切なさを含んでいた。
    だが、僕にはこれが誰の歌かどうかさっぱりわからなかった。
    音楽の曲調や録音音声の悪さから言って旧時代に録音された音楽じゃないだろうかと検討をつけた。
    「ねぇ、レイ・チャールズって知ってる。おじさん?」と運転手が突然後ろを振り向いたので僕は少しびっくりする。
    なんだって?レイ・チャールズ?
    「旧世紀にアメリア大陸で大ヒットした伝説的なミュージシャンだよ?知らない?この曲。結構有名なんだぜ」
    「知らない」
    「けっ。いけてねぇな。これだから中年をのせるのはいやなんだよ」と、彼はいった。そして、もう興味はないといった風に前を向いた。
    やれやれ、だって僕は今現在歌っている歌手の名前すらもあまり知らないのだ。旧世紀の曲なんてわかるわけがないじゃないか。
    テレビも見ないし、雑誌もほとんど読まない。見てもせいぜいミライが買ってきた婦人情報誌をちらりとながめるだけだ。
    軍務のせいで暇はないし、そんなことを覚えるの時間が無意味に感じるのだ。いつ死ぬかわからない暮らしだと、そんな風に思ってしまう。
    だから必然的に僕は世間の事をあまり知らない。いま、巷で何が流行っていて、何がすたれているのかなんてわからない。
    こうしてみると、軍人とは白痴に近いのかもしれない。冗談でもなんでもなく。


    145 ブライトノア・クロニクル(下)  3/20 :04/07/24(土) 21:02 ID:???

     道路は全くといっていいほどガラガラだったので、僕の乗った「彗星」タクシーは名前のとうりすいすいと進んだ。
    途中、大きな道路を通るときに検問が何度かあった。軍の上層部はきっとマフティーの残党たちによる報復活動を警戒しているのだろう。
    片手にマシンガンを手にしたまま近寄ってきた兵士達に、連邦の身分章をみせると彼らはあわてて最敬礼と共に後ろに後ずさった。
    彼らの直立不動の敬礼に見送られながら、僕は思い出す。そういえば、僕はいま南太平洋一帯を取り仕切る総司令官をしているのだ。
    だかといってなんだというわけではないのだけど。
    「おじさんってえらいんだ」と、急に態度が変わった兵士達をバックミラーでみながら、若者が感嘆したように口笛を吹いた。
    「それほどもないよ」と、僕はいった。「所詮は組織の歯車さ」
     そうこたえながら、僕はふと昔も同じことをいったような気がした。いつ誰に言ったのだろう?思い出せない。
    年をとると思い出せないことが多すぎる。というよりも僕がいつもおなじことしかいっていないからかもしれない。
    絶望的にボキャブラリーがすくないのだ。戦闘中にも、だから左舷が薄い、とか弾幕が薄いとかしか僕はいうことができなかった。
    それがクルーの間でからかいの種になっていることもしっていた。どうでもいいことなので放っておいたのだけれど、
    やっぱりもっと本を読んだほうがいいのかもしれない。辞書も買って艦長室においていたほうがいい。

     僕は窓の向こう側に目をやった。
    道路にはいたるところに瓦礫が積まれていた。ビルは崩壊し、まるで子供が去った後の砂場の城みたいになっていた。
    そこには夢の残骸だけがのこり、他には何も残ってなかった。無邪気で無意味な暴力だ。五日前の惨劇のひどさが僕にはよくわかった。
    これは全てハサと連邦がやったことなのだ。僕はその重みを、否定することのできない事実を受けとめる。
    僕はその二つに属し、どちらにも責任があるのだ。やれやれ、一体どうしてこんなことになってしまったんだろう。
    まるで右手と左手を頑丈なロープで縛られて、バイクの先にくくりつけれたまま逆の方向に引っ張られているみたいだ。
    僕はどちらにもいけず、ただその場で苦痛に耐えることしかできない。

     「ねえおじさん」と、若者がまた声をかけてきたので、僕はこの不毛な考えを一時中断した。
    彼はラジカセの入った救急箱サイズのブリキの箱をこちらに放り投げると、
    「そのなかで好きな曲を選んでいいよ。サービス」といった。
    僕は苦笑する。サービスにしてはいささかあらっぽい。彗星タクシーはどうやらかなりゆるい規律のようだった。
    中に入っている曲はどれも旧世紀の歌手だった。僕はテープの背表紙に書きなぐられた文字を読み取る。
    ドアーズ、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、クリーム、イギー、デュラン・デュラン、ポリス…
    どれも全く聞いたことはなかった。知らない歌手ばかりだ。手に取ると、それらはまるで僕の手の中にいるのを拒絶するように硬い音を立てた。
    僕は何かしっている曲がないか箱の中をじっくりと覗きこんだ。なにかがある筈だ。
    それは確信に近い予兆だった。僕はそれがわかる。
     そのなかに「軍歌(ジオン関連)」とかかれたカセットをみつけたとき僕は驚かなかった。当然におもえた。全ては繋がっているのだ。
    ありとあらゆるものは目に見えない何かで連結しているのだ。その糸はあまりにも細いけれど確かに僕に繋がっているのだ。
    信号待ちの際に、僕は彼にそのテープを渡す。彼は僕の顔とテープを交互に見比べて口笛を吹いた。

    「おじさんってひょっとして元ジオン軍だったりする?」
    「そうかもしれないね」と、僕は曖昧に答えた。
    「それなのにいまでは連邦のお偉いさんか。すげえ」と、彼はいった。そして、テープを入れ替えてくれた。
     ちょうど信号が変わり、タクシーはゆっくりとスタートした。エンジンの回転数があがる際の振動が後部座席の僕を僅かにゆらす。
    カー・ステレオから流れ出すジオン公国国歌を聞きながら、僕は自分が元ジオン軍だったらどうなるだろうと考えた。
    そうだったら僕の運命はどんな風に変わっただろう。
     僕はそのIFについて暫く脳内でシミュレーションしてみた。連邦のときとおなじ階級でたとえばムサイに僕が配属されたと仮定してだ。
    綿密なる計算の結果、僕は12月に、あのソロモン沖開戦で名誉の戦死を遂げるという結論に達した。戦果はジムを10機とボールを5基、
    アムロの乗ったガンダムの盾の破壊、それにガンキャノン一機と相打ちいったところだった。わるくない。春先のネモくらいわるくない。

    146 ブライトノア・クロニクル(下)  4/20 :04/07/24(土) 21:07 ID:???

     タクシーが止まったのはアデレート空港から南に数キロすすんだ人気のない地点だ。
    そしてそこは僕が指定したとおりの場所だった。

     僕は礼をいって指定された金額より多めに運転手に渡した。
    「ねぇ、おじさん。帰りが大変だろうから待っててやろうか」と、彼はいった。
    「それにさ、こんなところでいったいなにがあるっていうんだよ?」
    「ありがとう。けれど、きっと遅くなると思うからそれには及ばない」と僕はいった。ここで何があるかはいわなかった。いえるわけない。


     料金をうけとった彼がハンドル脇のボタンを押した。後部座席のドアが開く。僕はそこから降りながら彼に
    「そういえばどうしていまどき音楽チップじゃなくてカセットを使っているんだ?」と聞いた。ずっときになっていたのだ。
    「あぁ、これは俺のひいひい爺ちゃんがデッキと一緒に残していってくれたやつらしくてさ。
    うちの親父がアナログなやつで、これを家でいつも聞いてたんだけど、去年しんじまって。そんで形見として俺がもらったんだ」と運転手はいった。
    「まだまだ現役でつかえるんだぜ。ニホン製らしいんだけどすげーよな」
    「たしかにすごい。大事にすることをすすめるよ」
     僕はカセットテープが宇宙世紀の時代に残り、親から子へと引き継がれていく光景を想像した。わるくない。
    そうおもってからカセットテープをみると、それらは幸せそうに箱の中に入っていた。小さいけれど確固たる幸せがそこにはあった。
    僕はそのことにひとりで満足する。なにか嬉しくなる。
    物のありようも、人のありようも幸福の形は似通っているのだ。




    147 ブライトノア・クロニクル(下)  5/20 :04/07/24(土) 21:14 ID:???


     空港には人気は全くと言っていいほどなかった。どんな些細な気配すらもなかった。鳥すらいない。
    そのなかで、ただ僕の靴のかかとが補修された強化アスファルトと接触する際のコツコツという乾いた音だけが響いた。


     僕がここにきた目的の彼……クスイーガンダムは昨日見たときと同じ態勢で地上にあった。そのことに僕はほっとした。
    もしかしたらもうここにはないんじゃないのかと思って心配だったのだ。まだここにあってよかった。
    物影にしゃがみ込みあたりを見渡すが誰もいない。警戒のために兵士が数人残っていてもよさそうなものだけれど、どうやら連邦は
    そんなことしないようだった。まるで敵のモビルスーツを無警戒に放置する事で自分たちの勝利を完全なものだと勘違いしているみたいだった。
    その油断がいままでにいくつもの哀しみを引き起こしてきたことを彼らは全く気にしてないのだ。
    やれやれ、僕はおもう。いったい何回ガンダムを強奪されたら気が済むんだ?
     僕はそんな連邦の学習能力の無さにうんざりした気分になった。けれど、今回ばかりは連邦のその怠慢さに感謝しなければならない。
    僕はズボンのポケットに手をつっこんだまま空港の滑走路のはしっこを横断した。飛行機はひっそりと隅のほうにあつめられていた。
    その姿はまるでア・バオア・クーのときのボール達みたいに、これからの先行きをとても不安がっているようにみえた。


     クスイーガンダムはまるで眠っているようにみえた。それもただの眠りではない。
    致命傷を脇腹に負った老兵が、最後に妻や子の顔を思い笑みを浮かべながら死んでいくようにそこにはある種の完結性が存在していた。
    ガンダムにとってそこでくちたえていることは少しも不幸ではないのではないか、と僕は思う。
    世の中にはそういった死というものがある。
     まるで予定どうりといったような感じで彼は森と地面とコンクリートの間に埋まっている。月がそれをやさしく照らしあげている。
    僕は近づきながら、幸福な死について考える。ガンダムとの距離がせばまっていくにつれその考えはどんどん確信を深めていく。
    腕を伸ばせば、手が触れるところまでちかづいたとき、僕はひとつの結論に達する。
    これは終局の1つの形では有ったけれど、けして不幸な終わり方ではなかったのだ。グッドエンドとまではいえないが、バッドでもない。
    ガンダムは現在の自分の状況に納得しているのだ。

     僕はそのまま三十秒ほどガンダムをみていたが、やがてゆっくりと行動を開始した。
    突起やひび割れた装甲の部分に手をいれて、ゆっくりとよじのぼっていく。横たわっているのでそれほどの高さじゃないが、
    暗いので僕は滑り落ちないように、3点確保を意識しながらゆっくりとのぼっていった。ガンダムの装甲はひんやりとして冷たかった。
    僕はその冷たさは夜の所為だけではないと知っている。
    なんとかハッチの部分にまでたどり着いた僕の視界に青いものが目に入った。なんだとおもったが、どうやらビニールシートのようだった。
    夕べのときと違い、コクピットの部分は青いビニールシートで乱暴に塞がれていた。どうせ操作系統はイカれているのだから、これは
    強奪などの予防というより雨に濡れてしまうことを避けるためだろう。馬鹿げてる。僕はそれを剥ぎ取った。そして中をのぞきこみ、息を呑む。



    148 ブライトノア・クロニクル(下)  6/20 :04/07/24(土) 21:23 ID:???

     コクピットはまるで一面に蛍をしきつめたように仄白く発光していた。
    まるで夜空の星のいくつかが、なにかの手違いでここに零れ落ちてしまってきたんじゃないかと思えるくらい美しい幻燈だった。
    僕はその透明な星の光にしばらくみとれた。それは決して人為的に生み出す事ができない種類のものだ。いくら科学技術が
    発達したとしても、こういうものは決して作り出せない。魂を人が作れないのと同じように。

     けれど、いつまでも惚けてはいられないので、僕はおそるおそるコクピットにはいり、座席に腰を下ろした。
    少し傾いているので不自由な態勢にはなるが、なんとか座れる。
     僕が入ると、まるで異物が混入された細胞みたいに光は困惑し、赤くなったり青くなったり黄色なったりと、変化をし始めた。
    実際、僕は異物そのものなのだろう。僕は元々存在しうるものではなく、許容されるべきものでもないのだ。
    このまま光の中に飲みこまれてしまったらどうしようか、とおもいその恐怖に、僕は唾を飲みこんだ。
    けれど、そんな心配をよそにやがて光はあきらめたように変化をやめていった。次第に色と色の輪郭がぼやけていった。
    赤や青や黄色は、全てが柔らかくまじりあいながら溶けていき、ゆっくりと綺麗な緑色へと変わっていった。
    その色は僕に地球を包み込んでいたサイコフレームを思い出させてくれた。人の意思がみせる究極の結晶。意識の宝石といってもいい。
    それが僕の眼前で構成され、ちらちらと輝いている。宝石収集家がみたら卒倒するほど最高のシチュエーションだ。
     そんなことをおもいながら、僕はなんとか首をうごかした。
    開けっぱなしのハッチから空を見上げた。月の光が差しこんで僕の腰の辺りまで白く染め上げていた。僕はその部分をじっと眺める。やけに白い。
    月に照らされている下半身の部分が骨になってしまってるようで不安になった。僕は足を動かそうとしたが全く動かなかった。
    頭の奥の方のある一点が微かにしびれて、身体の自由が利かなくなっているみたいだった。

     うごかすことをあきらめて目を閉じる。僕は想像する。世界に僕とガンダムしかないことを想像する。そこは無音の世界だ。
    ありとあらゆる物音は具象化されて床に落ちる。鳥の歌も、風の囁きも、星のまたたきも全てが固まってしまう世界だ。
     たとえばの話だが、その世界で僕は言葉を一言だけいう。それは空中に出たとたんに、冷凍庫に入れた水のようにかたまり、
    どこにも届かない。世界は音が独立して存在することを許さない。全ての音は誰の耳にも届かない。
    僕はコクピットの中でその深淵のような沈黙にずっと身体を預ける。この世のあらゆる音は全てガンダムのなかに吸いこまれているのだ。
    降り積もった雪がやがて溶けて地表に染み込んでいくように。
    僕はガンダムの中に沈みこむ。『移行』しているのだ。と僕は思う。次元から次元へとゆっくりと移行しているのだ。
    そして、僕はあたりを取り囲んでいる緑色の光につつまれてしまう。






                         「少し話していいかな?」




    ク・ス・イ・ー・ガ・ン・ダ・ムのなかで、マフティーがいった。



    149 ブライトノア・クロニクル(下)  7/20 :04/07/24(土) 21:27 ID:???
    6章  
              マフティー・ナビーユ・エリン


    「いいとも」と僕はこたえた。
    「遅くなっちゃったかな」
    「かまわないさ。いまきたばかりだし、僕はそのためにきたんだ」

     僕は立ちあがる。もうここは狭いコクピットではない。
    まわりには電信柱のようにいたるところにガンダムが乱立し、その下に人が忙しそうに働いている。
    誰もが幸せそうに、楽しそうにガンダムを構築し、のこが、スパナが、ドライバーが無数に床に転がっている。
    そう、ここはガンダム生産工場だ。僕は再びここに戻ってきたのだ。
    僕は足元にあるタイルの感触をしっかりと踏みしめることで現実をしっかり確認する。たしかに僕は戻ってきたのだ。
    もう一度しっかりと踏みしめたあと、顔をあげてマフティーをみる。そう、マフティーだ。目の前にいる男はマフティーなのだ。

    「身体中がまだ痛くてね」とマフティーは言い訳するようにいった。「バリアーとの接触で皮膚が重度のやけどになってしまったんだ」
    「聞いたよ」
    「それにまだほら、このへんの傷がふさがっていない気がするんだ」
    彼はそういって、左胸のあたりーーーちょうど心臓の部分ーーーをそっと指でなぞった。
    まるでまだそこに無数の穴が空いているみたいに。僕はなんていったらいいかわからない。
    だからただじっと黙っていた。


    「あぁ、気をわるくしないでほしい。別にブライト艦長を恨んでいるわけじゃない」
    僕が黙り込んだのをみて、あわてたように彼はいった。「誰も恨んじゃいない」
    「本当に誰も?」
    マフティーは頷いた。実に素直な頷き方だった。
    「個人的な私怨はないよ。キンバレー部隊は自分たちのやるべきことをやったのだし、自分たちもそうだ。
    連邦政府のやりかたには憤りを感じたけれど、個人には余計な感情はない。やるべきことをどちらもやった。それだけさ」
    「けれど、逆に君達に対して個人的な怨みを持っていた人は多かったみたいだけど」
    僕はいった。そうでなければ裁判もせずに処刑などという、どう考えても問題になるやり方を閣僚たちが指示するわけはない。
    彼らはマフティーをはやく殺したかったのだ。一刻も早く柩のなかに放りこんでしまいたくてたまらなかったのだ。

    「仕方ないさ。こちらはテロリストだ」と、マフティーは淡々といった。諦めてるというよりは、そういうものだと認識してるみたいだった。
    「正当化するつもりはまったくないよ。テロはテロだし、粛清のさなかにいろんな人を巻き添えにしたから」
    「空港も壊したしね」と、僕はいった。マフティーは首をすくめる。「だって仕方なかったんだ」

    だって仕方がなかったんだ。僕はその言葉を暗誦してみた。その言葉はよくできた魔法のようにおもえる。
    オーケー。仕方がない。一年戦争もグリプス戦争もシャアの反乱もみんな仕方なかったんだ。
    おわってしまえば全ての物事は必然だったように歴史家によって整えられる。まるでそうなるべきもの、市販されている
    ジグソーパズルのピースみたいに、ぴったりと原因と結果が結びついて、全ては起こるべきものだったとみなされる。そういうものだ。


    150 ブライトノア・クロニクル(下)  8/20 :04/07/24(土) 21:29 ID:???
    「どうしてアデレートを狙ったんだ?」
    「…わるいけど、今更いちいちいいたくない。声明のときにいったことが全てさ」
    そんなことも知らないのか、というような目で彼はこちらをみた。
    もちろん、僕はどうしてここを狙ったのか知っている。けれどマフティーの口から直接聞きたかったのだ。
    直截的に彼の言葉をききとることができれば、僕はもっと理解できる気がする。
    「君の口から聞きたいんだよ」と、僕はいった。
    「連邦政府調査権の修正法案さ」とマフティーは吐き捨てるようにいった。

    僕はその言葉で、マフティーがアデレートを直撃する前にした演説を思い出した。たしか、こういう内容だ。


    ※ ※

    ・・・今回のアデレード会議が、この連邦政府の差別意識を合法化するための会議であることは、
    どれだけの方がご存知でしょうか?
    アデレード会議二日目の議題のなかに、地球保全地区についての連邦政府調査権の修正、
    という議題がありますが、これはとんでもない悪法なのです
    この第二十三条の追加項目にある文章は、官僚の作文なので意訳しますが、
    たとえば、連邦政府の閣僚から要請があれば、オーストラリア大陸に土地を所有している方々からも、
    任意にそれらの土地を提供しなければならないことになります。
    もちろん、正規の居住許可をもっていらっしゃる方からでも、土地を取りあげることができます。
    代償は、収容する土地と同じ面積の土地を所有者の指定するスペース・コロニーに請求することができるというものです。…

    ※ ※


    確かにこんな法案をとおしてしまえば連邦の横暴はますます加速度的にひどくなる。
    いささかアジテート的な演説だったとはいえ、内容はもっともなことだった。マフティーは立ちあがらざるを得なかったのだ。
    好むと好まざるとに関わらず、それは行われなければいけない事だったのだ。

    「君が行動に走った理由はわかるよ」と僕はいった。
    「わかる?」マフティーはその言葉にぴくりと眉をあげた。「いったい貴方になにがわかるっていうんだ?」
    その言葉には先程までと違い棘が含まれている。ぎざぎざとした鋭い棘だ。僕は黙る。
    「嘘をつくなよ。なにもわかっちゃいないくせに。
    貴方はいままでいろんな戦争に参加したけど、そのなかで1つでも自分の意志で選びとったものがあるのか?
    どれもこれも身に降りかかってきた災難みたいに思ってるんじゃあないのか?受動的で。なにも掴み取ることもなくね。
    アムロさんやシャア・アズナブル、カミーユビダンといった人達に会っても、なにも影響を受けることはなく、
    貴方はただの戦闘マシーンとしてみんなをごくごく実務的に扱ってきたんだろ」
    マフティーの語意は強かった。彼は真剣に怒っているのだ。
    彼は僕がロボットのようにニュータイプを酷使したことを真正面から非難しているのだ。


    151 ブライトノア・クロニクル(下)  9/20 :04/07/24(土) 21:43 ID:???


    「そうかもしれない」と僕は認めた。艦長としての責務をはたすことを第一義と考えすぎて、彼らの思想や苦悩や理想に
    頭が回らなかったことはたしかなことだ。「だけど、」と僕は続けようとしたが、マフティーは僕の言葉をさえぎった。
    「アムロ・レイやシャア・アズナブルが行方不明になったあとも貴方はなんらかわることなく日常に戻った。
    まるでちょっと近所にタバコでも買いにいって戻ってきたような気安さだった」
    それは許されることじゃない、とマフティーは続ける。「貴方は責任を放棄したんだ。ニュータイプといわれる人種を
    全て見続けていても貴方は何もかわらなかった。連邦にたいしてより愚鈍に、より従順になっただけだ。
    貴方の姿はまるでオールドタイプは一生オールドタイプだという実存証明みたいにみえた。なにもかわらない馬鹿さ。
    そんな人間に一体マフティーの何がわかるっていうんだよ?」

    僕は黙って彼の言葉を聞く。そう、僕は何も変わらなかった。僕がしたことといえば3年前に辞表をだしたくらいだ。
    そして、それすらもつい先日まで連邦に受理されていなかったのだ。

    「まっとうき全体というものに人類が収斂されなければ結局、問題は何も解決しないんだ。連邦なんて腐りきってるんだ。
    僕はそれを行動によって、人類に知覚させようとした。ニュータイプに促すにはやや過激な方法もとらざるをえなかった」
    彼はそこで一旦大きく息を吐いた。

    「現在の体制への否定が、すぐにニュータイプへとスライドするとまでは考えてなかったけどね。
    ただ、それでもそこに可能性があった。貴方と違ってね。
    僕の仲間もいっていたよ。ブライト・ノア艦長は英雄だといってるがただの軍の犬なんじゃないのかってね。
    あんなのが未だにホワイトベースで残っている唯一の士官だなんて笑わせるって。俺もそうおもったよ。
    普段は監視されて警戒されて地球に縛られているのに、シャアの反乱のときみたいな有事にだけ宇宙に呼ばれる。
    まるでレンタルビデオみたいにさ。そんな扱いをうけて、連邦に失望しながらも、いざ呼ばれたらこれみよがしに尻尾をふる。
    そんな貴方の姿は僕には・・・」
    そこで言葉が止まる。マフティーは突然言葉を失う。次に発するべき言葉がふいに掻き消えたみたいに彼はうつろに口をあけて、
    ただこちらをみる。目にはいいようのない哀しみがある。「僕には・・・」
    彼はなんとか言葉を探し出そうとする。けれど、それはもう既に損なわれてしまいみつからない。
    言葉は宙にきえてもう二度と戻らない。


     かわりにマフティーは、深い深い溜息をついた。まるで肺の中の酸素を拒絶するみたいに彼は息を吐き出した。
    彼のからだの中の肺が全部つぶれちゃうんじゃないかと心配になったくらいの長い溜息だ。
    そして、吐いてしまった後、彼はじっとおし黙った。敗戦の報を聞いたジオン兵捕虜みたいに。僕も何も喋らなかった。
    時間だけが過ぎていった。そのまま、かなりの時間がゆっくりと沈黙のなかに押し流されていった。
    どれだけの時が過ぎたかはわからない。時はとつぜんに膨張したり縮小したりを繰り返しているようで、
    正確な時間の経過が僕には把握できなかった。ここにきてからどれだけたったのかさっぱりわからなかった。二分のようでもあるし、
    20分のようでもある。僕は手のつけねを指で押さえて脈を測ろうとした。脈拍で時間を測ろうと思ったのだ。
    だけど、僕は全然血液の流れを感じることができなかった。血液はまるで止まってるみたいだった。僕はあきらめて手を離す。




    152 ブライトノア・クロニクル(下)  10/20 :04/07/24(土) 21:53 ID:???
    「いま僕がいったことは全て忘れて欲しい」と、ながい沈黙のあとにマフティーはいった。「どうかしているんだ」
    「気にしなくていい」と、僕はいった。もっと僕は責められるべき人間なのだ。
    「何か言いたいことがあるなら全部吐き出してもらってかまわないよ。僕はそれを聞くためにここ来たんだから」

    僕は全てのことを甘受しなければならない。ニュータイプといわれるものを浪費してしまった罪を背負わなければならない。
    そして、君を見殺しにした事実を背負わなければならない。
    マフティーは首を振った。彼はひどく落ちこんでいるようにみえた。
    まるで大事な宝物を粉々に破壊してしまった少年みたいに、沈痛なおももちで彼は俯いた。
    「もういいんだ」
    唇をかみ締めて、そういった。その姿は飼い犬が噛みついたことにショックを受けている飼い主みたいだった。
    もしくはアムロに拒絶されたカマリア夫人みたいでもあった。

    僕はそんなマフティーの姿に、革命家の苦悩といったものを漠然と理解できる。
    だけど、当然のことなんだけど、僕には彼を癒すことなどできない。革命家は常に孤独なのだ。ジオン・ダイクンしかりシャア・アズナブルしかり。
    マフティー・ナビーユ・エリンが革命家なのか、テロリストなのか、世間の論調はさだかではない。けれど僕は革命家として扱いたかった。
    そうでなければ彼はあまりに不幸過ぎる。そして、僕はおもう。彼をすくってあげられるのはきっと僕ではないのだ。
    彼を救うには全人類が解脱してひとつの善い集合体(つまりニュータイプ)になることしか考えられない。マフティーとしての幸福はそこにあるのだ。
    そして、いまの僕にはそれはどうしようもできないことなのだ。残念な事に。


    僕はいったんガンダムに目をやり、工場全体に視線をはしらせた。誰もこちらを気にしていなかった。
    「本当にもういいたいことはないんだね?」と、僕はいった。それくらいしか僕には彼を救えないのだ。どれだけ棘を指してもらっても構わない。
    「もういい」とマフティーは短くいった。

    「それじゃあここからは連邦の大佐じゃなくて。ブライト・ノア一個人になりたいんだけど、構わないかな」と僕はいった。
    マフティーはぼんやりと焦点の合ってない眼でこちらをみた。「駄目かな?」と僕は問うた。彼は眉間にずっと寄せていた皺をふっとゆるめた。
    「僕もハサウェイ・ノアとして話すよ、父さん」とマフティーはいった。







    アクセスランキング アクセスランキング アクセスランキング アクセスランキング ブログパーツ アクセスランキング
     Twitterに投稿  Tumblrに投稿ガンダム@ ,学問,科学,芸術
    ブックマーク: Buzzurl  / Hatena /Yahoo!


    昔の記事


    オススメの動画
    ■人工生命が生まれました
     どういう仕組みなのか、それはサッパリなんだけど、まるで微生物のような精子のようにくねくねうねうねと動き回る人工生命体が面白い、見ていて何故かワクワクする動画だよ。

    ■メタルスライムを作ってみた
     メタルスライムというより真っ黒なはぐれメタルなんだけど、個人的にはドラクエ3のBGMがとても素晴らしいと思うんだけど、どうなんだろう。

    ■真・流しそうめん器2009
     見事な手際で流しそうめん器を自作する様子を収録した動画だよ。彫刻刀を使って竹を加工する様はまさに職人技なんだ。

    ■【TAS】ゲームボーイ スーパーマリオランド
     マリオといえば、Wiiで発売される新作がとても面白そうだと話題になっているけど、昔GBで発売された「スーパーマリオランド」をTASさんが目にもとまらぬ早技でさくさくと攻略してしまうんだ。



    くぎゅうーっ!!く、くーっ!!クギュアーッ!!!ギュアーッ!!!!!
    CV:釘宮理恵 CV:後藤邑子 CV:宍戸留美 CV:小清水亜美
    麻雀のルールが分からなくても、萌えを愛する心があれば大丈夫!


    今日の更新一覧


    最近のアンケート一覧

    同じカテゴリーの記事




    全体のコメント


    今日の注目記事



    あなたの友だちを見つけてフォローしてください。




    注目のニュース
    ブックマーク
    注目の動画




    おすすめの記事
    漫画レビュー


    注目されてる記事
    殿堂入りの記事